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第65話 吐息(4)

 眞玄は視線を逸らして、ごろんとベッドの上に転がる。逃がすまいとその体に覆い被さるようにして、眞玄に触れる。左胸の辺りに手を伸ばし、心臓の音を確かめる。  どきどき言っていた。 「ゆ……っくりね。ゆっくり」 「挿れちゃっていいってこと? ……実は眞玄、途中まで余裕ぶっこいて、俺には最後までは無理だろ、とか思ってなかった?」 「さあねえ……」  曖昧にはぐらかした眞玄は、また入ってきた朔の指の感触に時折びくびくと体を震わせる。もしかしたらまだ早かったのかもしれないが、不慣れな受身に堪えている眞玄の姿に、我慢ならない欲望が鎌首をもたげてきて、借り物のコンドームを手に取る。 「……すんの?」 「うん。……させて」 「朔……好きって言ってよ、今」 「好き。眞玄好き。これでいい」 「駄目。心がこもってない」  朔はちょっとため息をついて、言い直す。 「好きだよ。……眞玄、だけ。……一番」  普段ならあまり言わない言葉に、顔が熱くなってくる。一応心をこめて言ったつもりだった。それが伝わったのか、眞玄はそれ以上催促しなかった。 「俺も朔のことが好きだよ……だからこうやって、不本意なバックバージン、あげんの」 「不本意はもう、わかったから……ゆっくり、な」  眞玄に初めてそうされた時のように後ろから抱き込む。ゆっくりと押し拡げるようにして、入り込もうとするが、まだ早いのかなかなか入らない。それでも何度か押し当てるようにしていたら、ぬるりと先端を入れることが出来た。 「……っ、朔、」  囁くように小さく漏れた声は、過剰に喘ぐこともせず、ゆっくりと深呼吸して朔の硬い感触をやり過ごそうとしている。それでもやはり苦しそうで、その姿がとても色っぽい。 「痛くね……?」  朔の言葉に声もなくぶるぶると首を振って返事をする。下手に声を出したら止まらなくなりそうなのか、本当に眞玄は無言で受け入れている。  苦しそうに漏れる吐息が、耳にまとわりつく。 「眞玄……俺のことはがんがん鳴かすくせに……自分は、全然な」 「……我慢、……してんの……、……っ」  小さな小さな声で呟いて、顔を歪めている。本当につらそうで、可哀想になるほどだった。 「やっぱ痛い……? 一旦やめるか?」 「そんな気遣いは無用です……いいよ、動いても……」 「だけど、さあ」 「いいから……俺のこと、こうしたかったんだろう」  ちょっと掠れた声で言った眞玄は、ちらりと目線を朔の方に向けて、笑みを浮かべた。ちょっと涙がにじんで、瞳が潤んでいる。 「苦しいけど……平気。朔のこと気持ち良くさせたいから……あと、早く終わりたいから。俺の中で、ちゃんとイってね」 「なんなんだよ……おまえは。そこまで言うなら、本音は隠しとけよ」  少し呆れたものの、そんなことを言う眞玄の顔がとてもせつなくて、思わず欲望のままに奥の方まで突き上げる。びくりと反応して、苦しげな声がほんの少し零れ落ちた。口元を抑え、もっと出そうになるそれを飲み込む。 「朔、っ……朔……気持ち……いい……?」 「すっげいいよ……眞玄は?」 「わ……わかんない……朔は、えらかった……」 「――もういいよ、それは。声、なんで我慢すんの」  自分の枕をぎゅっと抱えて耐えている姿に、どうしようもなく声を上げさせたい欲求が、体の奥底から這い出してきた。  けれど眞玄は思い通りになるような男ではなく、結局最後まで、ほとんどと言って良いほどに、甘えた声など出さなかった。  本当に不本意なのだな、と思ったが、声を出すまいと我慢するその姿勢こそが、とても扇情的だった。

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