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第67話 終わりではなく(2)

「顔出ししてないから、俺ってこと秘密ね。……あとでスマホに送っておくよ」 「なんで黙ってたん? 別に後ろめたいこと、ないじゃん。これも一応、音楽で食ってく、ってのの一環だろ」 「……ああ、言われてみれば、そうだねえ……なんか楽して稼ぐの、朔みたいにちゃんとバイトしてる人達にとっては、どうなのかなって」 「別に楽してっことは、ないだろ。眞玄は今まで何年三味線やってんの?」  聞かれて眞玄は指折り数えて少し考える。 「んーと……? 十五年……くらい?」 「すげえじゃんよ。そんな十五年もかけて、そういう演奏技術磨いてきたんだろ。悪いとは思わない」 「そう……言って貰えると、嬉しいけど。――朔、そろそろ着替えようか。ほら、下着以外全部脱いで」  本当に嬉しそうだった。  朔はふと、夏祭りの時に浴衣を着付けて貰ったことを思い出した。あれから、五ヶ月くらい経過していた。  あの時は、すぐに終わってしまうお遊びの関係なのかも、なんて思ったこともあったが、意外とつつがなく続いていることに改めてびっくりする。  朔の誕生日に、初めて眞玄と立場を入れ換えてみたりもしたが、やはりかなり不本意な行為らしくて、その後なかなかそういうシチュエーションには陥らなかった。眞玄の体を好き勝手したいな、なんて思うのは思うが、そうするとテンションだだ下がりになるので、本当にたまにおねだりするに留めている。攻める時とのメンタルがあまりにも違いすぎるのは、なんなのだろう。 「俺もうさちゃんと会いたかったなー」 「会えばいいじゃん。式が終わったら、会えるんじゃ?」 「突っ込まれたら余計なこと言いそうだから、さ。朔も黙ってなね、俺のことは。俺達は今日は、そういう関係じゃないの。わかった?」 「……わかった。適当にかわす」  先に箝口令を敷いたのは朔だった。そして眞玄も、ソロ活動をするにあたって事務所側から絶対に秘密にするように、と念を押されており、浄善寺以外は知らないことだった。  秘密の恋愛は、なんだか後ろめたい。  親にも言えない。  けれど仕方ない。好きだからそんなことには目を瞑る。  幸いと言うべきか、二人で一緒にいても、いちゃいちゃしなければただの友人同士にしか見えない。軽薄そうな軟派男の眞玄と、ちょっとヤンキーテイストの朔、という組み合わせは、一緒に女の子でも物色しに出掛けているように、見えるかもしれない。それでいい。付き合っているなんて目で見られたら、とても困った事態になる。 「朔、かっこいいね。似合ってる」  上手に着付けられて満足そうな眞玄は、朔が何か余計なことを考えているなんて、まるで気づいていないようだった。 「一緒に写真撮ろ。……はい、目線こっちー」  眞玄がスマートフォンを取り出して撮影している。まず朔の全身像を撮って、その後手を伸ばして自撮りの要領で二人で写った。 「タイムラインには貼らないでおくね。俺の宝物」 「大袈裟。……そろそろ行ってくる」 「お母さんとかに、見せてあげなよ」 「ああ……」  そりゃそうだな、と朔はリビングにいた両親と弟に、羽織袴姿を見せに行った。 「まあまあ、眞玄くんありがとう。良かったわー。そうだこれ、持ってく? カボチャ煮たんだけど」 「え? あ、ども」 「いつでも遊びに来てね」  にこにこと言われ、眞玄は何故か照れたように笑った。軽く挨拶をして玄関へ向かう。 「途中まで送るよ。待ち合わせの手前くらいで下ろせばいいだろ」 「おう。そのレクサスなんちゃらってのに、乗ってやるか」 「寒いから、今日はオープンにはしないけどね。……朔のお母さん、いい人だね」 「ん? ……さっきなんで照れたん」 「なんとなく、嬉しくて」  カボチャが好きなのかな、なんてまるで見当違いなことを考えながら、二人で家を出た。  どんよりとした曇り空は、やはりオープンカーには優しくない天気だった。

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