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六話:『笑顔で罵倒する様な間柄』
「接触とは?」
抑揚のない声で若狭が問いかける。
頭をあげ佐々木は直立不動の姿勢で答える。
学生鞄を若狭が受け取り、主の居ない椅子に乗せた。
「一方的な物です」
更紗と海輝は仲が良くない。
互いに笑顔で罵倒する様な間柄だ。
錦としては血の繋がりが無いとはいえ兄弟なのだから、もう少し仲良くできないものかといつも頭を痛めているのだが、無理な物は無理なのだろう。
顔を合わせなくて良いなら合わせない。
会話をしなくても良いならしない。
仮に用があるなら錦か若狭か彼の秘書を通し、直接顔を合わせる事はしない。
最終的にこれが海輝と更紗の間で出来た暗黙の了解だった。
社会人と学生であり、加えて接点などなくさらに互いを嫌っているのだ。
海輝が直接更紗に会いに行くなどまずありえない。
直接会わなくてはならない用事自体が無いからだ。
「要するに海輝が更紗を攫ったということか。門限を過ぎるようなら必ず連絡は入れるはずだ。 第一あの食い意地のはった弟が、食事の時間に遅れるなど妙だと思ったんだ」
更紗の学生鞄を見て深くため息を吐く。
「……錦。お前も大概失礼な子ですね」
「今夜の夕食は鱧だと知った更紗の顔を俺は忘れない。あれはとても楽しみにしていた時の顔だ」
「残念ですが違います。数少ない好物を食す錦を見るのが、あの子の楽しみだったのです」
「なんですかそれ」
俺は珍獣か。
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