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八話:『拒んだから拗ねて人質をとった』

「移動時間を短くしてお前と過ごす時間を少しでも長く確保したかったのでしょう。ほぅら御覧なさい。海輝さんもヘリの方が楽だと思ってる」  何故勝ち誇った顔で笑うのかはさておき、問題は更紗だ。 「いま重要なのは更紗の事です」  怒りを抑えそれでも反発の色を濃くした錦に動じることなく、若狭は呑気に酒を飲みながら、おっとりと笑う。 「お前が海輝さんを拒んだから拗ねて人質をとったのです。困った坊やですねぇ」 「若狭先生。俺は悪くない。義兄さまの責任です」 「恋人の顔を見るのに、良いも悪いも無いでしょうに。しかし主導権が海輝さんにあるとどうも危険すぎる。手綱はお前が握りなさい」  酒を飲み下す白い喉物が魚の腹を思わせた。  グラスを置けば照明を受けた杯から忠実にその複雑な彫刻が影を落とす。 「私は別にお前が朝帰りしても構いませんよ。何なら学校も休みなさい。ただ、夕食の準備があるので帰宅時間だけは連絡してください」  責任を負ってほしいと言う訳ではないが、この男の保証人として配慮とは食事の準備に関わる事のみなのかと脱力した。  それよりも。 「朝がえりと言いましたね!? さらに学校をサボタージュしろと? 学生の本分から外れる事は非行の始まりです。 あなたは俺に道を踏み外せというのですか? 不良になることを勧めるとは見損ないました」 「何を言ってるのですか。本当にお前は面白い子ですね」 「まさか貴方は元不良なのですか!?」  若狭は「実はお馬鹿だったのですねぇ」と眉を八の字にしてため息を吐く。    そんな顔で誤魔化されるものか。

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