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十一話:『さてはこの男、唯のイエスマンか』
簡単に外泊の準備をし佐々木に付き添われ開かれた長屋門前に移動をすれば、すでに若狭とさらに三人の部下が錦を待っていた。
偶然だろうが、皆眼鏡をかけている。
そう言えば若狭も眼鏡だ。
眼鏡率が高い。
「先生、お見送り有難うございます」
佐々木か彼の部下が運転するのだろう。
そう考え、わざわざ門外まで出て来て車の手配をしてくれた若狭に頭を下げたら、目を丸くした。
「お前を連れていくのは私です。そのまま更紗も回収します」
「え?」
「何です、その呆けた返事は。時間も時間ですしそのまま外泊しても良いですが、更紗は同じホテル内に留まるより帰宅させた方が良いでしょう。お前がいるなら海輝さんの客室に乗り込むくらいのことはします。――私の予想では……お前が外泊すると言った時点で、海輝さんが更紗に使わせている部屋のチェックアウト時間を変更していると思いますけどねぇ」
「いえ、そうでは無くて」
解釈違いだろうか。
まさか若狭が運転をすると言う事か。
確かに外出をする為だろう。
先程までは着流しだけだったが今は錫色の薄物羽織を纏っている。
「運転は若狭様がなさいます」
佐々木が若狭の言葉を補う。
「遠慮させていただきます」
すぐさま切り返すが
「却下。遠慮は無用です」
速攻却下された。
「飲酒運転をするつもりですか!? 正気か?」
若狭は「水と同じです」と短く言い切り、部下により車庫から門前に移動したダイヤモンドホワイトのメルセデスベンツをみて「久しぶりですねぇ」と腕を組む。
久しいのは運転かメルセデスの姿を拝むことか。
――両方だろう。
懐かしそうな彼の表情を見て余計に心配になる。
たしか、この車も家具同様朝比奈家の当主からの贈物の一つだったはずだ。
そして、錦は若狭がこの車を運転している姿を一度も見たことがない。
若狭が目の前の車に一切興味を示さないため、彼の部下が時折メンテナンスを目的とし乗車しているくらいだ。
運転が出来るのかという疑問も大きいが何より問題なのは。
「先生が飲酒したのを俺はこの目ではっきりと見た。その上で一言言わせてください。飲酒運転は犯罪だ」
「アルコール度数十五パーセントなので水同然です。あれは水。そう、水なのです。水で酔うわけないでしょう」
お前は何を言ってるんだと、まるで此方の頭がおかしいかの様な目で見つめてくる。
頭がおかしいのはお前だ。
憐れみを込めた瞳に錦は眉間に皺を寄せる。
「何が水だ! 見え透いた嘘をつかないでください」
若狭の一挙一動を見守る三人の部下は無言だ。
誰かこの男に何か言え。
「反抗期ですか。嘘ではありません。私が水と言えば水なのです。早くしなさい。佐々木、後部座席に乗ることを許可します」
「錦様、私が居りますのでご安心ください」
佐々木が宥めてくるが何が安心なのか不明だ。
此処は上司を諫める所だろう。
さてはこの男、唯のイエスマンか。
無能め。
絶望した。
「安心どころか不安です。貴方がいても先生が飲酒運転をしようとしている事実は変わらない」
「錦様のことは私がお守りいたしますので、ご安心くださいと言う意味です」
ますます不穏だ。
「大袈裟な。水で酔うわけないでしょう」
「酔っているか否かでは無くて、酒を飲んだ事が問題なんです」
この男は飲酒運転の意味が分からない様な愚か者ではない。
待て。
素面に見えるが実はかなり酔っていて、このような冗談を真顔で言ってるだけなのかもしれない。
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