28 / 245

十二話:『誰だ、いま十字をきったのは』

「本当に失礼ですね。赤色灯を付ければ皆避けてくれます」  窓を開け「これを頼みます」と赤色回転灯を部下の一人に手渡す。 「救急車か消防車を手配できれば良かったのですが、時間がかかるそうなのでこれで良しとしましょう」  高級車と赤色灯の組み合わせが実に不似合で不細工だ。 「救急車を私用で暴走させる医者がこの世に何処にいるんだ。それに道路交通法と照らし合わせて、回転灯を付けるのはどう考えても法律違反だ!」 「たしかに、サイレンも鳴らさなくてはいけないのですが、仕方がありません。時と場合によりサイレンは鳴らさなくても問題は無いので、今回は大丈夫です」  サイレンを免除される以前に、若狭が運転する車は緊急自動車ではない。 「道路交通法第65条第1項では酒気帯び運転を禁ずることを規定しているし、赤色回転灯の設置も公安委員会遵守事項違反にあたる」 「私が法律なので大丈夫です」 「もういやだ、降ろせ」 「佐々木、錦にお菓子でも食べさせてあげて」 「ガレ―とバルベロとゴディバとリンツのチョコレートがございますが、錦様は何を召し上がりますか」 「要らん!」 「では出発しますよシートベルト閉めなさい」  交通法違反をしているくせにシートベルトをするように注意した若狭は、錦の意思に反して車を発進した。窓越しの部下は頭を下げて見送る。  おい、誰だ、いま十字をきったのは。  眼鏡の内の一人が十字を切ったのを錦ははっきりと見た。

ともだちにシェアしよう!