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十二話:『誰だ、いま十字をきったのは』
「本当に失礼ですね。赤色灯を付ければ皆避けてくれます」
窓を開け「これを頼みます」と赤色回転灯を部下の一人に手渡す。
「救急車か消防車を手配できれば良かったのですが、時間がかかるそうなのでこれで良しとしましょう」
高級車と赤色灯の組み合わせが実に不似合で不細工だ。
「救急車を私用で暴走させる医者がこの世に何処にいるんだ。それに道路交通法と照らし合わせて、回転灯を付けるのはどう考えても法律違反だ!」
「たしかに、サイレンも鳴らさなくてはいけないのですが、仕方がありません。時と場合によりサイレンは鳴らさなくても問題は無いので、今回は大丈夫です」
サイレンを免除される以前に、若狭が運転する車は緊急自動車ではない。
「道路交通法第65条第1項では酒気帯び運転を禁ずることを規定しているし、赤色回転灯の設置も公安委員会遵守事項違反にあたる」
「私が法律なので大丈夫です」
「もういやだ、降ろせ」
「佐々木、錦にお菓子でも食べさせてあげて」
「ガレ―とバルベロとゴディバとリンツのチョコレートがございますが、錦様は何を召し上がりますか」
「要らん!」
「では出発しますよシートベルト閉めなさい」
交通法違反をしているくせにシートベルトをするように注意した若狭は、錦の意思に反して車を発進した。窓越しの部下は頭を下げて見送る。
おい、誰だ、いま十字をきったのは。
眼鏡の内の一人が十字を切ったのを錦ははっきりと見た。
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