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二十話:『選択の余地を残したのではない。試しているのだ』

「では騒ぎとは」  大体想像できるが、あの眼鏡部下三人だろう。 「はい。――警察到着時、若狭様を渡すまいと部下の、松川さん、緒方さん金田さんの三人が少々騒ぎまして」 「松川、緒方、金田……あの眼鏡どもか」  予想通りだ。  恐らく阿鼻叫喚の騒ぎであっただろう。 「そう、その眼鏡たちです」 「ところで更紗。――左手にあるレモネードのグラスは何だ。ルームサービスか?それともレストランから持ち出したのか」 「はい、飲みかけで勿体なかったから持ってきました」 「返して来い」  洗面所を借りて冷たい水で顔を洗い嗽をすると、漸く重たい頭がすっきりとした。  シャツに皺が寄っているのが酷く気になるが仕方がない。  簡単に身だしなみを整え、外された腕時計を付ける。  部屋に戻れば更紗と如月が笑いながらルームサービスメニューを眺めていた。 「更紗、海輝とは何か話したのか?」 「目を覚ましたら僕はここに居て、様子見で一度だけ海輝さんが顔を出しました。それでまぁ、僕ぁ怒ったわけですが、あの人笑いながら「ごめ~んねっ。あ、これ美味しいよ」って麦チョコをくれたくらいです。特に会話らしい会話はしていません。その後はこの如月さんと一緒に居ました」  ホテルの敷地内であれば好きに行動しても構わないと、海輝は部下を見張りに着けてあとは放置していた。  更紗は更紗ですべて海輝の支払いで、アミューズメント施設を見て回り、買い物をした後はレストランに立ち寄り舌鼓を打っていたのだ。  この呑気な人質は、錦が地獄の時間を過ごしている間随分と楽しい時間を過ごしたらしい。 「――お前が無事でよかった」  感極まった声で「兄様」と叫び腕に飛びついてくる。 「兄様は僕を迎えに来てくれたんでしょう? 帰りましょう今すぐ帰りましょう。あの野郎が来る前に帰りましょう」  迎え。  そうだ、更紗からすれば迎えに来てくれたと考えるのは至極当然だ。  しかし錦がこのホテルに来た目的は、あくまで更紗の無事を確認する事と海輝に会う事だった。  更紗を迎えに来たわけではないのだ。 「七夕は若狭先生が色々予定を立てていたんです。先生はいつ戻るか分からないし、僕と二人で出かけましょう」 「お前休日を過ごす友人は」 「いません! 兄様がいれば世界は完結しますので問題ないです」 「……元気よく言う台詞じゃないな」  更紗が嬉しそうに、七夕の予定を立てていく。  行きたい店、錦が好みそうな展示会、若狭が調べていたケーキ屋の情報。  無邪気な姿に、途方に暮れる。 「兄様は明日何か予定でも?」 「――……あぁ、予定か」  本当は、海輝とは会う予定では無かった。  それを彼が強引に約束を取り付けたのだ。  更紗を回収できた時点で、錦は好きに選択できる。 「とりあえず帰りましょう」  このまま更紗を連れて帰宅して、それから。  予定通り海輝の居ない休日を過ごすことだってできるのだ。 「若狭先生の事は気にする事ぁありません。暴走するカササギなんてクビですクビ」  如月を見れば彼は「錦様がいらした後のことは、何も言われておりませんので引き留めは致しません」と答える。  ――好きにしろと言うのだ。  此のまま錦が帰っても海輝は笑顔で許すだろう。 「この部屋のチェックアウトの時間はどうなっている」 「錦様がおいでになるとご決断された時点で、海輝様はチェックアウトの時刻をご変更なさいました。勿論ご宿泊をご予定なら、チェックアウトの時刻を延長致します」  若狭の予想通りだ。  あとは錦次第だ。  錦がここで更紗を連れて帰るか、それとも自らの意思で海輝の居る部屋に行くのか。 「あとは錦様のご判断にお任せいたします」  執着しているくせに、突き放すような答えに錦はふんと鼻を鳴らす。 「此処までして、随分とつまらない返事だ」 「本来は錦様とは明日再会のご予定でした」 「コレが攫われ、ふざけたアレの電話を受けて、それで? 俺が大人しく言う事を聞いて自宅待機してるとでも」 「コレとは僕でアレとは海輝さんですか? 兄様ご機嫌ななめですね。不機嫌な兄様も素敵です」 「貴方の性格ならば駆けつけるでしょう。しかし、最初からそこを狙っていたならばドームシアターのチケットのご予約を本日にしている筈。海輝様は若狭様が錦様をお引き留めし、代わりに部下の何方かがいらっしゃると予想されておりました。何より、今の時期錦様は体調を崩しやすいと、随分とお体を気遣われていた」 「それで? 俺が此処に来ると知りながら部屋に引っ込んでいるのかあの男は」 「私からは「ご自由にお選びください」としかお答えすることが出来ません」  海輝は、優しさで錦に選択の余地を残したのではない。  試しているのだ。

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