9 / 245

『馬鹿みたいに振り回されている』

「仕事がひと段落ついたので、リフレッシュは必要でしょう」 「自己管理は出来てるのでしょうが、やはり休めるときに休んでほしい」  錦がきっぱり断ればあっさり若狭は引いた。  しかし不穏な事を口にする。 「頑固な子ですねぇ。海輝さんが会うと宣言したなら、会いに来ますよ」 「俺は断りました」  錦は自分の菓子器を若狭の空になった器と取り換える。 「あの海輝さんがお前の事に関して遠慮などするわけないでしょう」  海輝と同じことを言いながら若狭が小首をかしげ瞬きをする。  カコンと軽やかに鹿威しの音がなった。 「その言葉に不穏さを感じたのは気の所為でしょうか」  若狭は二つ目の葛饅頭を食べながら 「彼はお前に夢中ですからねぇ」  と続けた。  彼だけではない。  俺だって彼に夢中だ。  六年前からずっと慕ってきた。  好きで好きでどうしようもなく大好きで。  きっと海輝が同じ気持ちになる前から、好きだった。  甘酸っぱいような苦いような気持ちを思い出し、誤魔化すように茶を飲み干した。  突き放すように冷やかな態度を取らないと、自分が自分じゃいられなくなる。  海輝の何気ない言葉や、眼差し一つで胸がかき乱される。  強がっていても海輝だけにはいつも弱くなる。  脆弱とも言える精神状態で何時も馬鹿みたいに振り回されている。  そう返すのは恥ずかしいので空の茶碗を転がすように両手で包む。  しかし次の台詞に咳き込む。 「海輝さんはお前に関しては何をしでかすか分かりませんから、ボディガードを付けましょう」  ――あの男が俺に酷い事をする訳がない。  それだけは、断言できた。  そして翌日、若狭が言う様に「何をしでかすか分からない」の意味を思い知る事となる。

ともだちにシェアしよう!