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『腹をすかせたライオン』

「兄様、早く帰りましょう」 「帰るのは更紗、お前一人だ。それより買い物しすぎだろう。全部菓子類じゃないか」  ソファに置かれた紙袋を持ち上げれば紅茶缶一つを除き、全てが菓子類だ。  マドレーヌ、ビスケット、マカロン、キャラメル、ダックワーズ、マシュマロ等の入るカラフルな箱や袋が覗いた。  かなりの量を買い込んでいる。 「おい、ゼリービーンズは止めろといつも言っているだろう。何だこの毒々しい色は。貴方もコレの我儘を聞く必要なんてない」  如月は「海輝様が好きにさせる様にと仰っていたもので」と笑う。  海輝は更紗を甘やかしてるのではなく、無関心故に放置しているにすぎない。  如月に何かを言っても無駄だろう。  止める義理などないことは分かるが、この支払は全て海輝なのだが……。 「兄様、僕は先程、帰るのは僕一人……と聞いた気がするんですけど」 「言ったが?」 「もしかして、兄様は此処に留まるつもりですか」 「海輝にここまでさせた責任は俺にもある。――お前には悪い事をしたと思ってる。ただ、学院から寄り道したのは校則違反だ」 「謝った? 兄様が謝った? ちょっと待って。兄様に非はないでしょう!? そんなの間違えてる」 「――いや、間違いではない」 「いいえ、間違ってる」  如月は困ったように更紗と錦を見比べる。 「お前の無事を確かめたかったのもあるが、海輝に会いに来たんだ」 「あれは近寄らない方が良い類の人間です。危険です。どれくらい危険かと言うと、電子レンジでアルミホイルを使用したカップケーキを加熱調理する位に危険です」 「微妙な例えだなぁ」と如月が小さく呟き首をかしげる。 「普段気にした事が無かったですね。たしかにアルミカップの入るお弁当とか普通に電子レンジで温めていましたけど、火花が散りますね」 「貴方は何て恐ろしい事をするんだ。電子レンジの加熱の仕組みは、マイクロ波という電磁波を利用した誘電加熱に当てはまる。これは直接エネルギーを食品に加えて分子を振動させて加熱する方法だ。簡単に言えば食品の水分に電磁波が吸収されて熱を発生させてるんだ。アルミや金属に電磁波を放射すれば電流が流れて放電する。特に皺のよったアルミホイル、アルミカップ等の折り目や凹凸部分が多い造りだと、電気の資質上、先端部分に集中しやすいから放電する可能性がより高まる。火花程度で済めば良いが爆発する可能性だってあるんだぞ」 「錦様は大変博識でいらっしゃる」  博識なのではない。  日常生活の中で身についた、ただの生活の知恵だ。  電子レンジと金属の相性の悪さは殆どの人間が知ってる事だろう。   「兄様、その通り危険です」 「つまり扱いを間違えなければ問題は無い。むしろ生活必需品だ」 「そんなポジティブな兄様も大好きです。いえ、そうでなくて。危険です腹をすかせたライオンみたいなものです。顔の良いジャイアン、いえ奴はサイコ系です逃げましょう」  如月が「言い得て妙だ」と頷く。 「お前の言うライオンは餌待ちだから多分檻から出てこない」 「でも」  更紗が何かを言う前に言葉を続ける。 「許せ更紗。迎えが来るまでは一緒にいる。お前を一人で帰らせるのは申し訳ないと思う。でも、俺は海輝の所に行く」 「海輝さんにここまでさせたのは兄様の責任でもあると言いましたが、自制できなかったのは彼の方じゃないですか。 彼に屈することはありません。あの人は僕を攫い人質にして明日、兄様を呼び出すつもりだったのでしょう? 卑劣だ。兄様とあの人が本当に恋人なら、そんな事をするなんて有りえない。一方的に自分の欲望を押し付けているだけだ。兄様が何故あの人に支配されなくちゃぁいけないんです? 海輝さんに兄様が好きにされるのは我慢ならない」 「――更紗、これは俺と彼の問題だったんだ。そこに関係のないお前を巻き込んだことは申し訳なかったと思っている。お前だけじゃない、お前のボディガードに当たっていた若狭先生の部下も、危険運転をした若狭先生も、佐々木さんにも。だが、俺はアイツの言いなりで行動をしたつもりはない。俺はこれから自分の意志であの男に会いに行く」 「結局はあの人の思う通りじゃないですか。脅されて始まった予定なら反故にしてください。兄様が犠牲になるなんて許される事じゃない」  懇願ともいえる声と表情だった。  少年の筈なのに、少女の様に可憐な姿に後ろめたさを感じる。  まるで、錦が悪いとさえ勘違いしそうなほどに無垢な瞳をしている。  それでも、意思を曲げるつもりは無かった。

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