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『会いたくないわけではない。むしろ会いたくてたまらない』
淡い青緑のビードロガラスの菓子器に茶巾絞りの葛饅頭と、冷い茶と熱い茶が二種類用意されている。
後者は、錦の為に用意したのだろう。
頂きますと言いお絞りで手を拭き茶を飲んだ。
茶の渋みや苦みより甘みが勝っている。
水色は薄めだが、香高く豊かな味わいがある。
「おやまぁ。では私は更紗と出かけるとしましょう」
「しかし義兄様は多忙を極める身。休息をして欲しいんです」
会いたくないわけではない。
むしろ会いたくてたまらない。
「成程、それで駄々を捏ねられたのですね」
若狭は半透明の葛饅頭を旨そうに食べながら笑う。
生地から透けて見えるあんは色からして恐らく抹茶か青梅だろう。
滑らかな口当たりの菓子は、夕食を済ませた後でもするりと腹に収まるものらしい。
「前日の夜遅くまで仕事だと彼の秘書から聞いてるんです。そんな義兄様が俺に会いに来ると言う」
錦に関することで必要以上の無理はしてほしくない。
だから、断ったと言うのに。
海輝は何とか錦を押し切ろうと試みるばかりだ。
「錦から会いに行けば宜しいのでは。移動ならヘリをチャーターしましょう。搭乗手続きも全てしておきますよ?」
ヘリコプターの手配を提案されるが遠慮をした。
海輝と錦の問題に、他人の手を煩わせることはしたくない。
「移動時間もそうかかりませんし、便利なんですけどねぇ。もしかして航空機が苦手でしたか」
「そこまで甘える訳にはいきませんし、何より義兄様の休息時間を削ぐような真似はしたくない。それだけです」
錦が頑なに拒むのは、海輝の生活環境と仕事状況を慮ってのものだ。
中学生の時、海輝と会うどころか話す事さえ叶わなかった時期を思い出す。
数多くの要因が重なり、離れて過ごした。
例えば、家庭環境が状況が変わった。
例えば、知らなかった自分自身を含め家族の事、海輝の事、弟の事を知った。
そして、海輝が錦を完全に手に入れる為に力を欲した事が二人を隔てた。
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