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『私めが天誅を下しました!』
「若狭様ぁああああご無事ですかあああ」「若狭様はどこだ」「若狭様あああ」
「煩い落ち着け眼鏡ども」
ホテルスタッフを突き飛ばし、メルセデスに張り付く。
若狭は運転席に深く腰掛けたまま、瞳だけをこちらに向けた。
「申し訳ございません。若狭様の光の速度に我々ついていけませんでしたあああ」
「鈍間な我々をどうかお叱り下さい。足蹴にされ打たれとう御座います」
「見苦しい真似は寄せ馬鹿者どもめ。制限速度は超えていないだろうな」
一瞬無言になった彼ら三人に錦は酷く嫌な予感がした。
「先生の後を追ってきたと言ったな。パトカーを見なかったか?」
「はいっ! 我々の行く手を邪魔する不逞の輩ですな」「ご安心ください錦様。私めが天誅を下しました!」
「貴様眼鏡どもっ何が天誅だっ」
「邪魔する輩を指先一つでダウンさせました」
「愚か者っ何故そんな事をしたんだ」
「愛を取り戻すためです!」
黒服の所為で気が付かなかったが……良く見れば元気の良い体育会系の七三眼鏡のスーツには、何やら血痕らしきものが飛び散っている。
貴様ら眼鏡は何をしでかした。
しかしこれ以上の追及はやめた。
血圧が一気に上がり足元がふらつく。
更なる場の混乱をさけるため、他の宿泊客を誘導するベルスタッフやフロントスタッフたちが忙しく動き回っている。
ただ、一度騒ぎだした宿泊客の興奮は収まることない。
怒号や悲鳴は今や好奇の視線と非難となりはじめる。
ロビーサイドの螺旋階段にまで野次馬が集まり此方を見下ろしてくる有様だ。
「移動をしましょう」
佐々木に促されチョコレートを収めた竹籠を手にし若狭も車の外に出る。
喧騒の中、騒ぎの元凶となった若狭の姿に側に居たホテルスタッフが息をのむ。
丸く開かれる瞳、力が抜け薄く開かれた唇。
我を忘れた表情で若狭を見つめた。
阿呆の様な表情だが、これは「ごく当たり前の正常な反応」であり「仕方がない事」だとこの四年間で学習したものだ。
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