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二十二話:『思わず手の中のカードをへし折る所だった』

 ジャルダン・デザンジュは地下二階から地上六階まで、一般客も利用可能なレストラン等の飲食施設、 フィットネス、アミューズメント施設が館内ショッピングエリアに立ち並んでいる。  七階からは宿泊客専用施設が設けられ、客室フロアは十階からとなる。  別館もあるが結婚式会場や宴会場、エステ、スパ、ヘアサロン、高層階ではレストラン、バーラウンジが中心で宿泊フロアは本館のみだ。  静かに上昇していたエレベーターが三十七階で止った。  一般宿泊客が移動できるフロアは此処までだ。  更紗が使用していたスタンダードルームは十二階にあったが、海輝の使用している客室は三十九階にある。 「お疲れの所申し訳ございませんが、エグゼクティブルーム以上のフロアへは専用エレベーターに乗り換えて頂くようになります」  部屋のグレードに比例しフロアのセキュリティが一層強固となり、エレベーターもカードキーが無くては使用自体出来ないのだ。  キーを持つ如月に案内されセキュリティゲートをくぐり、音一つない廊下を真っ直ぐに進む。  数メートル進んだところで右折し、回転ドアを抜ければエントランスへたどり着く。  黒く濡れたような艶を見せる大理石の床からは、白い斑模様が美しい赤茶の柱が天井まで真っ直ぐに突き抜け、圧倒するほどの絢爛さを誇る天井画には、咲きこぼれる花々と楽園に遊ぶ天使達が精緻に描かれている。  たっぷりのクリスタルで装飾されたエンパイア様式のシャンデリア。  鮮やかな深紅の薔薇が咲く花器。  桃色や白の大理石を使用し曲線で構成された一階フロアの柔らかな雰囲気から、直線的で重厚感あるものへと変わる。 「凄いな」  最も目を引いたのはエントランスの真ん中に置かれた大型水槽だ。  色鮮やかな海水魚が揺蕩うのを見ていると、如月が「明日海輝様がエスコートして下さいますよ」と悪戯っぽく笑う。  クラブフロア専用受付カウンターで手続きをし、カクテルタイムを静かに楽しむラウンジを通り過ぎエレベーターを乗り換える。  三十九階に辿り着き、戸が開けば壁にかけられた時計の針が二十二時を指した。  エレベーターの真正面に置かれたマホガニーのカウンターから、初老のコンシェルジュが笑顔で挨拶をし、カウンターの左横に立っていた一人の男が姿勢を正し錦に視線を留め頭を下げる。  男が顔をあげると如月は手を上げ笑顔を見せる。  先程如月が話していた「同僚」の一人らしい。 「お待ちしておりました錦様」  唇以外は一切動いていない。  能面の様な男だ。  如月と違い愛想の欠片も無い。  自己紹介も、挨拶らしき挨拶も無く男は踵を返し歩を踏み出す。  如月と錦は慌てて男の後を追った。  歩調を緩めず歩いていく男の後を追いながら、ダマスク柄の絨毯が敷かれた廊下を無言で歩く。  視線を上げれば、薔薇が伝う様に描かれ赤ん坊の様な顔をした天使が微笑んでいる。  猫足の大理石製の花台の上を彩る花の芳香。  壁を飾る油絵。  調度品を楽しむ余裕は無く、幾つかの客室を通りすぎる。 「こちらが一七十二号室となります」  重厚な二枚扉前で足を止めた男が部屋のカードキーを錦に差し出す。 「ようやく海輝様と再会できますね」  微笑む如月をちらりと見てカードキーを受け取る。 「本日は有難うございました」 「いいえ、私も錦様とお会いできて嬉しかったです」  笑顔で答えた如月に「俺もです」と社交辞令を述べ、手渡されたカードキーで解錠した。  扉に手をかけた所で男から名前を呼ばれる。 「海輝様からの伝言がございます」 「――伝言?」 「先にお休みになる様に。と」  ふざけているのか。  思わず手の中のカードをへし折る所だった。

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