49 / 245
『忠告はした』
「如月、開錠しろ」
男が低く命じる。
「え、でも」
「海輝様のご命令だ。如月、錦様を部屋へ」
「部屋への案内は不要だ。手を放してもらおうか」
「申し訳ございませんが、海輝様に従って頂きます」
左腕を掴んだまま、男は微動だにせず錦を高圧的な視線で捉える。
見れば見る程、蛇食鷲のような顔をしている。
錦は溜息を吐き、右手で男のネクタイを巻き込む形で掴んで引いた。
予想外の行動に男が目を見開く。
上腕を掴んでいた手が緩み錦はそれを払う。
「行動制限されるのは不快だ。お前の立場など知らん」
「此方とて貴方の感情など知ったことではない」
「頑固な男だ」
「貴方程ではありません」
「海輝の部下ならもう少し融通が利いた方が良いな」
「ご指摘頂き有難うございます」
互いに一歩も引かずにらみ合う。
「退け」
「お断り致します」
「そうか」
体重をかけリードを扱う様にネクタイをさらに強く引き、前のめりにバランスを崩した男を背後に突き飛ばすように 曲げた左前腕で下から喉元を押さえつける。
ガタンと大きな音がし扉に背を強打した男の表情が歪む。
錦は力を緩めずに、重心を男に移して扉に押し付け固定する。
「錦様っ何を?」
「動くな如月」
静かに、それでも鞭うつ鋭さで牽制をする。
男の喉元を抑えていた腕をずらして、拳を握る様に衿を掴みそのまま手の甲を頚部に押し当てた。
「先に言うが忠告はしたぞ」
男は焦りこそ見せないが、瞳に警戒の色を濃くした。
このまま、両手で衿を掴めば簡単に絞め技に切り替える事が出来る。
「私が従うのは海輝様だけだ。――部屋にお入りください」
海輝が戻る気配はない。
「素晴らしい忠誠心だ」
この会話を聞いて居ながらも沈黙をするとは。
悪趣味な男だ。
試されるのは好きじゃないと言っただろ。
漏らすつもりがなくとも、ため息が漏れた。
「錦様っ」
「吠えるな」
錦の苛立ちを海輝は直に感じたはずだ。
男に対する錦らしからぬ乱暴さは海輝にも伝わっている筈。
それでも反応はなかった。
不穏な気配に如月を通し直ぐにでも連絡が入ると期待したが、甘かったようだ。
ともだちにシェアしよう!