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『欲するなら、叶えてやろう』

「錦様、落ち着いてください」 「お前が落ち着け」  ねじ曲がったあの男の性格を、彼らは理解できないだろう。  錦は彼らの上司で有る海輝を知らない。  しかし、彼らの知らないプライベートの海輝を知っている。  義兄である海輝、恋人である海輝を知っている。  だからこそ彼らには理解できない海輝の要望を正確に汲み取れた。  今までの経験上余程の理由がない限り、海輝が錦を放置したり一人で待たせることなど有り得ない。  第一、海輝に会いに来た錦を出迎えないこと自体が、まず平素では考えられない出来事なのだ。  焦らすように姿を現さないのは、単純に錦にしてほしい事があるから。  だから正反対の事ばかりしているに過ぎない。  錦自身が行動する事で求められてるという実感が欲しいのだ。 「いくらなんでもこんな乱暴な事……海輝様がお許しになるとでも?」 「根本的に間違えている。お前達はこんな乱暴な事を許すのか」  言葉を詰まらせた如月に目を細める。 「余りにも馬鹿すぎて逆に感心する」  自らの思考を全て海輝の命令に委ねて、疑問や疑いを持たず牧羊犬の如く従順に動き回る。  それが海輝が望んだ彼らの役目で有り、彼らが望んだ立場でもあるのだ。  海輝が己の望みを汲み取ることを望まない限りは、彼らの思考は不要物でしかない。  ノットまでネクタイを巻き込み、そのまま衿を掴む。  彼らの上司としての海輝の望みでも、義兄である海輝の望みでもない。  恋人としての望みならば、叶えられるのは錦だけだ。  ならば答えねばなるまい。  海輝が欲するなら、叶えてやろう。 「海輝が許さないから貴方は俺に何もできない。しかし逆は違う」  左手は押し上げる様にして衿を巻き込んだ拳に力を込め、少しずつ喉元を圧迫しながら、右手で掴んだ衿を握りこんで下に引く。  このまま絞めてやろうか。  脅すように声を低めると 「錦様、お止め下さい」  そう叫んだ如月が我慢の限界だと言う様に割り込み、男を庇うようにして目の前に立つ。  解放された男は喉元を抑え咳き込む。  如月の怯えと非難が入り混じる目で見られても罪悪感は感じなかった。  むしろ、抵抗するのが遅すぎると感じたくらいだ。 「――喧嘩を売るなら相手を見てやれ」  今度こそ錦はその場から離れる。  コンシェルジュカウンターへ立ち寄り、荷物を預け三十七階に戻り、エントランスを通り過ぎてセキュリティゲートを再度潜る。  エレベーターは十階へと移動中だ。  そのまままエレベーター脇の非常階段を使用した。  五階程階段を駆け下りた所で、息があがり心臓が痛みを訴え始める。  階段で移動した方が早いとはいえ、流石に三十七階から六階まで足での移動は体に負担がかかった。  軽い酸欠か、頭がくらくらする。  しかし、散々な一日だった。  ここまでこれば海輝に会えると思っていたのに。  六階に辿り着き、アミューズメント施設の並ぶ廊下へ出る。  かなり息が上がり苦しい。  汗ばんだ肌も気持ちが悪い。  おまけに、失神後一度ベッドで休んだせいでシャツに皺までよってる。  それでも身なりを気にする余裕も無く、記憶を頼りにショッピングエリアを小走りに移動する。  行き先は一つしかなかった。

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