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『惚れた弱み』

海輝は「デートの下見をする」と電話で話していた。  出かける前に確認したドームシアターのチケットには、上映時間は二十三時までと印字されていた。  ならば、会場にいる可能性が高い。  ただ問題は入館チケットがある位だ。  宿泊客でも予約が無くては入場は出来ない可能性が高い。  ――そんな分かり切った事を今思い出すように考えた程、思考より先に体が動いたことに我ながら驚いた。  海輝はいつも錦に初めてを体験させる。  足が縺れそうになり、何度か転びそうになる。  息が苦しい。  体温が上がり体が熱い。  足が棒のようだ。  ――……しかし、そろそろ到着しても良いと思うのだが。  おかしい。  焦りを感じ出す。 中々たどり着けないのだ。  錦は何方かと言えば方向音痴だ。  ショッピングエリア内を行ったり来たりし、適当な店に入り会場の位置を教えて貰い、ようやくたどり着いた時は二十二時五十八分になっていた。  閉店している店が多い中、まだ明るい会場のドアを潜る。  館内放送で閉館の案内がオルゴールと共に流れる。  ロビーで茶でも飲んでいないか見渡すが、残念ながら誰も居ない。  一般客も利用できるドームシアターは六階だが、宿泊客専用にプラネタリウムをテーマにしたラウンジバーが七階に有ったはずだ。  もしかしたら、そこにいるかもしれない。  会場中から七階へ内階段を使用し移動もできる。  受付で一言声をかけた方が良いものかと考えていたら、フロントに立っていた男性スタッフに名前を尋ねられる。  何だと思いながらも名乗り出れば「お迎えに上がりました」と一礼しそのまま館内へ案内された。  前もって海輝が、錦の来訪と入場の手続きをしていたようだ。  そんな事をするくらいなら、先ほど部屋の前でもめた時にでも連絡を入れろと言いたい。  腹が立つ男だ。  茶番と言えばそうなのだろうが、腹が立つと同時に――ほんの僅かに――可愛い我儘だと思えるあたり末期だと思う。  許さないと怒っても結局は許してしまう。  惚れた弱みだ。

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