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二十三話:『夢見る様に手を伸ばす』
館長にドーム内の説明を聞きながら会場に入ると、小さく感嘆の声が漏れる。
目を見張る程に煌めく星の偶像が頭上に迫ってくる。
会場内には誰も居ない。
上映時間が過ぎているのに暗闇の中、星だけが瞬いている。
案内を終え館長は錦を残して施設内から出ていく。
ひそやかな空間に扉が閉まる音だけが響いた。
この施設内のどこかに海輝がいるなら、錦が到着したことに気付く筈だ。
しかし、しんとしたまま投影だけが続いて行く。
音声を止めているのか、音一つない。
立体映像の小宇宙が何処までも広がっている。
「海輝」
名前を呼ぶが、返事はない。
施設内を見回すが何処にいるのか分からない。
星の灯りだけを頼りに海輝の居場所を探る。
「お前に会いに来た。どこだ」
階段状に座席を設けている。
上から見下ろしても、暗くて良く分からない。
座席は大きめに作られていて、一般シートでも寛ぐことが出来そうだ。
リクライニングシート、ファミリーシート、カップルシート、座席の種類により形状は様々だ。
チケットには特等席のカップルシートを指定していた。
ならば、恐らくそこにいるだろう。
館長に座席の位置だけでも聞いておけばよかった。
「待たせて悪かった。迎えに来たぞ。何処にいる」
一段一段階段を降り乍らカップルシートを探す。
歩いていると星の中を漂うような不思議な感覚に包まれた。
「海輝?」
居ないのだろうかと、不安になった時人が動く気配がした。
「……に、しきく…ん?」
小さく掠れた声にはっとして、錦は声がした方へ眼をやる。
階段を三分の一ほど降りると、ちょっとした広場の様に広いスペースがある。
そこに置かれた楕円形のシートに男がいた。
「海輝……」
監視カメラのデータではスーツ姿だったが、着替えたのだろう。
随分とラフな格好をしている。
長い手足を投げ出して、革張りのシートに頭を預けてまどろんでいた。
待ちくたびれて、寝ていたのだ。
錦は小走りで、海輝の所に駆けっていく。
緊張と疲労、興奮が高まり移動距離は大したことはないのに、息があがった。
「海輝っ」
星の瞬きの下、海輝が目を見開く。
座席の背もたれに手を置き、その顔を覗き込んだ。
「錦君……? あぁ、夢じゃないんだ」
言葉が何も出なかった。
言いたいことは山ほどあったのに、何一つ伝える事が出来なかった。
体を起こした海輝は、放心したように錦を見つめそのまま徐々に恍惚の表情へと変わる。
嬉しそうに微笑み、溶けそうなほどの甘い声で錦を呼んだ。
胸を打たれるほどの、幸福そうな顔だった。
「待ちくたびれたのか。遅くなって済まない」
天体は天の川に変わりゆく。
密集した星の道筋。
息を切らし乱れた髪はそのままに皺のよったシャツすら気にせずに、目を奪う星空を背負い海輝を覗き込んだ錦に夢見る様に手を伸ばす。
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