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二十四話:『義務にだけはして欲しく無い』
――今の人めっちゃ格好良くないっ?
――え? モデル?足長っ
聞こえた声の方へ、錦はさりげなく視線を投げる。
会場を出て、閉店または閉店準備中のブティックが立ち並ぶショッピングエリアを歩いていると、向かいから歩いて来た女子大生三人が海輝を見て黄色い声を上げる。
無遠慮な視線に何て不躾な女たちだろうと思いながら海輝を見上げると、特に気にした風も無くにこりと微笑む。
「ごめんね。疲れたよね。喉も乾いただろ?」
平気だと言う声は、すれ違う青年の笑い声にかき消される。
休日前だからか、日を超す時間帯に差し掛かるのに未だ人込みに溢れ返っている。
性別年齢など関係なく流行や個性をファッションで表現し、アクセサリーに小物と細部にまで拘り様々なスタイルで着飾っている。
一人の女が通り過ぎるとき、海輝を二度見する。
高価なブランドもアクセサリー類も一切着けていない。
サンダルを素足で履いて、細身のパンツに、カットソーの上に重ね着した、ざっくりとした網目のサマーニット。着飾る事をせず他と比べても随分とシンプルだ。
それが彼の姿態や容姿の美しさを一層際立たせる。
風が柔らかな髪を嬲り長い指が乱れを直す。
雑貨店と隣り合い並んだコーヒーショップの照明と、洒落た店内の様子を背後に微笑めば、確かにファッション雑誌の表紙を飾っていても何ら違和感はない。
「ぼうってしてたね。眠たい?」
――見惚れていただなんて、恥ずかしくて口に出来る筈もない。
「眠くない。平気だ」
「意地っ張りだなぁ、疲れたんだろ?」
「平気だ」
疲れているのはお前の方だろう。
シートに凭れまどろんでいた姿を思い出す。
「そうだ、腓返りになったらいけないから、後でマッサージしてあげる。むふ、錦君の足……ふふふ、へへ」
「そこまで気を使わないでくれ」
「遠慮しなくても良いのに。可愛いんだから」
「……無理はしてほしくない。お前こそ今日は早く休め」
「無理なんかしてないよ」
そうは思えなかった。
多忙な彼が、大型連休でもないのに態々錦に会いに来てるのだ。
嬉しくは思うけれど、やはり無理をさせているのではないかと不安にもなる。
恋人だからこそ、二人で過ごす時間を無理に作ってほしくない。
我儘かもしれないけれど、錦に関する事を義務にだけはして欲しく無いのだ。
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