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『好きな相手にだけは、自信が無い』
強がって憎まれ口をたたいても、本当は、海輝に対してだけは自信がないから。
父親に、母親。
そして、横を歩く海輝。
思い返せば錦は好きな相手にだけは、自信が無い。
存在の許容である両親の愛情無きまま、根源的な許しを得ず成長をした。
錦に愛情と許しが与えられたのは、十歳の夏に遡る。
空の器に命を吹き込み、麻痺した感情を蘇生させ、孤独も温もりも錦に教えたのは義兄の海輝だ。
それと同時にあふれた痛みを癒したのも海輝だ。
時には新たに傷をつけ、過去のものなど見えない程に埋め尽くされて。
海輝で一杯にされて海輝さえいれば良いと本気で考えて、あれ程欲した両親からの愛情を手放した。
後悔はしていない。
海輝しか欲しくなかった。
きっと未来も海輝しか望まないだろう。
錦の世界は海輝で回っている。
他の誰に何を思われようと気にもしないけれど、海輝だけは違う。
怖いものなど無い、自分はとても強いと言い切れた幼少期の方が今よりも芯があり強かったと思う。
本気だったし本心だった。
今でもそうだ。
でも、海輝の前では全て無効になる。
平静を装っても強気に振る舞っていても海輝の前でだけは、いつまでも子供のままで弱くて卑屈で自信がない。
「プラネタリウムは絶対いれようって計画していたんだ。君と一緒に見たかったんだ」
物思いにふけっている所に声をかけられて我に返る。
海輝が指摘した通り、自分で思ってるより疲れているのかもしれない。
「あんな星空始めてみた。シートも座り心地が良かった」
「そうそう、もう少し硬めの方が良かったかな、あれじゃぁ恋人と見ていても寝ちゃう人いそうだ」
でも隣にいる恋人が、星の下で名前を呼んで起こしてくれたらロマンティックだね。
加えた言葉に頷く。
「人気を博するのも頷ける。お前が俺を誘ってくれたのは嬉しく思うが、――他に誰か誘ったり……プライベートで誘われなかったのか。職場には女も多いだろう」
海輝は、僅かに間をあけて「まぁ、それなりには」と答えた。
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