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『そんな男に選ばれた』
十代後半のまだ大人ともいえない年齢であっても優しく包容力があったのは事実だ。
二十代になればまだ若く青いが、男としての色気が出て来たと彼を知る多くの者が称賛をする。
昔から、彼と一緒に歩けば周囲の視線が集まる。
今もそうだ。
通りすがりの見知らぬ誰かが振り向き彼を見る。
目が合えば頬を染める。
浮かれた様に笑う。
例え遠目でも一瞬見ただけなのに、見ず知らずの女達の視線を奪う程彼は美しい男だ。
平素は深い色の髪と瞳は、光の下に居ると華やかな胡桃色に見える。
錦の目から見て、恋人や身内と言った欲目を差し引いても良い男だと思う。
それなりに誘惑もあるだろうし、好意を寄せられる機会も多いだろう。
そんな男に選ばれた。
幼い頃は随分と誇らしかった。
好きな相手に同じように思いを寄せられたことが、信じられない程幸せだった。
お前達が見惚れているこの男は、俺の物なのだと誇り高くいつも彼を見上げていた。
大好きだったから、誰の物でもなく錦の物であるという海輝の言葉が全てだった。
それで充分だった。
満たされていたのだ。
「それで?」
「断ったよ。妬いた?」
「誰に向かい言ってるんだ」
「君ならそう言うと思っていたよ」
予想通りの返事だ。
数ある選択肢から一つだけ確実に選ばれるように、錦自ら言葉行動を選び続けた。
錦が満たされていて、海輝に対する疑いも心配もしていないと。
無垢に信じていると思われるように、内包する幼さと生臭い思いを封じ込めた。
海輝に対する信頼の大きさが、嫉妬など感じる必要性すら無いと――錦ならそう感じていると疑わないように、嘘をついた。
海輝の前ではそう振る舞い続けた。
せめて、対等であると海輝に思ってほしかった。
「たいした自信だ」
きっとこれが理想だと思う恋人としての姿。
毅然として彼と釣り合う理性的な大人の顔。
そんな偶像にもたげる疑問。
背伸びしなくては付き合えない、それでもまだ釣り合いが取れない。
――本当に俺で良かったのだろうか。
お前から見て俺は恋人として不足はないのか。
不意に浮き上がる疑問に目を伏せる。
「自信がないと君の恋人何て出来ないよ」
胸を張り彼は笑う。
お前は俺を買被りすぎだ。
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