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『君が無事なら何でも良い』
海輝は当時不在ではあったが、如月が――どの段階でかは不明だが――持たされた小型無線式盗聴器を通し事情はすでに呑み込んでいるはずだ。
とはいえ如月が錦に状況説明をしていた時は、すでに事故後時間が経過しているので情報の鮮度に関しては保証は出来ない。
「あの人の頭の中がぶっ飛んでる事? そりゃぁ付き合いはそれなりにあるからね。今回のは未だ可愛い方さ」
「そうじゃない。器物損壊と建造物損壊の件だ」
「あぁ、それか。君が無事なら他の事は如何でも良いさ。幸いして怪我人も居ないしね」
「事後報告になるとはいえ如月さんは大丈夫なのか」
彼は朝比奈本家側の命に逆らった事になるのではないか。
遅かれ早かれ海輝に情報が上がったとはいえ、彼は朝比奈から情報を遮断するように命を下されていたはずだ。
錦に乞われたとはいえ何食わぬ顔で――間接的にだが――故意に海輝に漏らしたと言える。
もっとも速やかに海輝に報告をしていないから、何方に対しても中途半端な誠意となったのだが。
海輝は「錦君は優しいね。彼は大丈夫だよ」と笑いながら続ける。
「部下と言うけれど彼は本家から遣わされた男だ。だから朝比奈側の命令には逆らえない。でも上司である僕に報告をしない事に悩んだみたいだね」
一度言葉を切る。
「ここで迷うのが如月君の美徳とも言えるし甘さとも言える。僕が朝比奈なら許さないけど、彼が僕の部下から解任されることは無い。彼の仕事は僕の監視なんだ」
何とも言えない気持ちで海輝を見ると「錦君にだけ教えてあげる。彼は性格が優しすぎるし、人をすぐに信用するから向ていないんだけどねぇ」と微苦笑する。
「君に事情を説明できる状況は渡りに船だったんだよ。如月君としては表向き君に状況説明をする事で、僕に事後だろうと一応は報告をしたと言う結果が残る。ぎりぎりだけど僕の部下と言う立場を守れた。ただし、僕が朝比奈側からどんな通達が有ったか知らない事が前提なんだろうけどね。でも残念。実際はそれより先に報告は上がってたんだよ」
「――そうなのか?」
「僕にとって彼は借りものみたいなものだ」
「そうか」
「朝比奈に忠実な部下じゃなく、僕に忠実な部下をちゃんと側に置いておかないと不安だろ。丁度僕はドームシアターの方へ出かけていたから、事故現場には立ち会っていないけどね。問題は無いと聞いている。半端なだけじゃなくて僕に隠し事が出来ると思うあたり、如月君は駄目駄目だね」
「別の部下がお前に情報を上げてる事を知っていたんじゃないのか」
「それは無いよ。彼は如月君と違い半端な事はしないからね。僕を監視をしている如月君と通じる事は僕を裏切ることになる」
半端物だと言われた人の良い笑顔の青年を多少気の毒に思いながらも、もっとも気がかりな事を思い出す。
「……若狭先生の事だが……何もしないでほしい」
海輝は「誤解されてるなぁ。それも安心して良いよ」と口元だけで笑って見せる。
「しないさ。あの人の事は偶に殺したくなるけど、基本的に信頼してるし感謝もしてる。今回の事で僕が若狭さんを攻撃すると思ってたみたいだけど、それはない。彼が君を大事に思ってるのを僕は知っている。君に恐怖とストレスを与えたことは感心しないし不服だけど、深刻なダメージを与える事は無いだろうと判断していた。――第一僕は信用できない人間に君を預ける事だけはしない」
若狭や海輝の言う「大丈夫」「無事」という基準は恐らく錦の知るものと大きな相違がある。
「そうか。安心した」
「君に傷が入ったら、許さないけど彼なら大丈夫だと思う程度には信頼してるさ」
「何処も怪我はしていないし、痛い所も無い。若狭先生も同乗者の部下も無事だと思う」
そう答えると「君が無事なら何でも良い」とあっさりと話しを終わらせる。
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