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『絡み合う矛盾を解いてしまいたい』
頼む。
答えが分からないんだ。
答えてくれ。
縋る様に海輝に額を擦り付ける。
暫くして穏やかな声で名前を呼ばれる。
「君は不安にならないのかい」
「ならない」
真しやかに、嘘を吐く。
本当は信頼していても不安になる。
こう言う所も未熟で駄目なのだ。
「不安を感じる要素は何処にもないはずだ」
海輝の言葉は不安になる事が前提で有るように聞こえ、いささか疑問を感じた。
厳密には、海輝自身が不安を感じていると言う風に聞こえ錦は首を傾げた。
海輝が不安?
「そうだね」
背を撫で、じっと言葉に耳を傾ける。
海輝は小さく息をついて言葉を続けた。
「――嫉妬も束縛する苦痛も無い方が良いだろう。信頼していれば、きっと不安に思う事も無いと言う君の理屈は正しい。でも僕は君を信頼しているけど不安になる」
耳を疑った。
海輝が不安になるだと?
「すまん、聞き間違いをしたのだろうか。今、不安になると言ったか?」
衝撃の余り、言葉すら選べなかった。
出た言葉は頭を抱えたくなる様な、的外れなものだった。
加えてデリカシーにかけている。
案の定海輝は苦笑する。
きっと呆れたのだ。
「ははは。目を真ん丸にして可愛いな。何だいその珍百景を見たような顔は。そう、不安になると言ったさ。何故だか分かるかい?」
錦には分からない。
分かれば、こんな気持ちの悪い不安定さからはとっくに解放されている。
しかし海輝ならきっと答えを知っている。
そして錦と同じことを海輝は感じていたのだとしたら、その先に足りない答えがある。
制御できない思いと、掴み切れない感情の先が知りたい。
海輝を揺らす程の難解なその思いの答えが欲しい。
一つでも多くの情報が欲しい。
絡み合う矛盾を解いてしまいたい。
小さく首を振ると噛んで含めて教えるように、優しい口調で語りかけてくる。
「理屈と感情は別だろう?」
こくりと息をのむ。
理屈と感情は確かに別物だ。
納得はできても釈然としない。
「君は僕を何だと思ってるんだい。不安になる時もあるよ」
完璧とは海輝のことと言い換えても過言ではない程に、錦にとって彼は常に完璧だった。
誰よりも包容力があり、誰よりも理性的で、誰よりも優しくて、誰よりも強い。
聡明で毅然として、それで。
誰よりも大事な人。
たどたどしく頭の中で言葉を並べていくが、ネガティブな言葉は浮かばない。
難が有ると言えば、人を舐めたような態度と変態的な言動が多少ある位だが、それも嫌悪するほどではない。
「万能な男だと思ってる」
「そうなんだ? 何だか意外だ」
「意外じゃない。俺の目は確かだ。出逢ったときからお前は良い男だった」
くすぐったそうに笑う声は中々機嫌良く響く。
たったそれだけのことに、酷く安堵する自分がいる。
肩に頬を擦り付けると、海輝に頭から背を撫でられた。
愛玩される猫の気分だ。
気持ちが良い。
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