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『この世で最も簡単な問いかけ』
「僕ね、君の前では格好つけてるってよく言われてるよ。まぁ、そんなことを言う人なんて若狭さん位なんだけどね」
「取り繕わなくても、俺の気持ちは変わらない」
「幻滅しないんだ?」
海輝は錦の両肩を包むと体を引きはがし、額をくっつける。
錦は海輝の瞳をじっと見て、ゆっくりと視界を閉ざす。
この世で最も簡単な問いかけだ。
幻滅だと?
有り得ない。
「するものか。取り繕わなくて良い」
「有難う嬉しいよ。錦君に良く思ってほしいって言うのも大きいけれど、多少は猫被って君の信頼を得ておかないとね」
「何故」
「ストッパーは必要だもの。君の信頼を裏切るのが怖くて、無体を働かなくて済む。何が有っても君だけには優しい男でありたいの」
「裏切ることに恐れを抱くなら、その時点でお前は良心に恥じる真似はしないだろう」
「君は僕に甘いな。実は君が可愛くて偶に理性がぶっ飛びそうになるんだ」
額を離し、海輝は緩く錦の腰を抱く。
情けない顔で笑顔を作って見せるが、彼が理性を失った事は一度たりとも無い。
「正当な評価だ。お前は自分を完全にコントロールできている。そうでなければ今のお前は居ない」
「錦君。それ以前に好意を持つ相手に良い所を見せたいと思うのは、ごく当たり前のことだよ」
当り前と笑われ、弾かれたように顔を上げる。
目から鱗が落ちる、とはこの事か。
確かに海輝の言う通りなのだが、何故か錦は思い至らなかった。
自分が足りない所ばかりが目について仕方が無かったのだ。
「でも自分を見失う程の無理な背伸びをする必要はない。ありのままの自分でいられない事は、辛いだけだ」
「もしも俺が取り繕っていたら、幻滅するか?」
「何で?君は君だろ」
「本来の性質とかけ離れる程なら、幻滅するんじゃないのか」
「それが何だっていうんだい?」
心底不思議そうな声で、逆に質問をされて戸惑う。
「問いかける前に回答を出せ」
「まさか君は僕がその程度で心変わりすると思ってるの?」
声は何処かおどけているのに視線から圧を感じ、たじろぐ。
「……いや……お前を信用してる。しかし、幻滅しないと何故言える」
「君の言う「取り繕っている君」も「そうでない君」も、君であることは変わりないから幻滅しようもない」
釈然としない気持ちで言葉を引き継ぐ。
「どんな俺でも構わないと?」
「構わない。どんな君でも好きだ」
静かに耳朶をうつ自信に満ちた声。
確固たる意思が宿る言葉。
「理想と思った相手が君だったんじゃなくて、君自身が僕の理想となったんだ。君が君である限り、変わらないよ。それをどう幻滅しろと?」
海輝が錦の頬を撫でる。
「君が僕を嫌いにならないのと同じだよ。君は自分に厳しすぎるな」
同じと言われ、その言葉に尖る心が端から緩く溶け始める。
海輝はいつもこうして錦の心に入り込んでくる。
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