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『無垢を纏う嫉妬と、愛情だと囁きながら行われた独善』

「君の一挙一動が気になって仕方がない。君のことが気になるのは君が好きだからって言うのもある。不安になるのは、未経験の事が多いからかな」  舌先に載せられる言葉は、蜜に沈む果実の様に甘く瑞々しく絡みついた。 「僕の初恋は君なんだ」  海輝にここまで言わせていることに恥じらいと、そして喜びが有った。 「手を繋ぐことも、抱きしめるのも。離したくないと思うのも、さよならして別の家に帰るのが寂しいのも――君が教えてくれたんだ」  体の芯が火照り、体温が上がる。 「声を聴くだけで嬉しくて、顔を見れたら幸せになれるのは君が初めてで君しかいないんだ」  何という赤裸々な告白を聞いているのだろう。  ――海輝も、錦と同じなのだ。  彼だけが錦をかき回す。  彼だけが、錦に寂しさを教えた。 「前例がない経験も無い。初めてだから不安になる。数年後には多分、君が言う様に束縛も嫉妬も無くても平気になれるのかもしれない」 燃えるような思いを秘めてなお、それを封じて海輝の為だと良かれと思い正反対の事ばかり口にしていた。 海輝に好かれるであろう理想を勝手に作り出して、必死に再現してみせた。 無垢を纏う嫉妬と、愛情だと囁きながら行われた独善。 どの様な自分にもなれる筈だと偽りも辞さず。 好きだからこそ、己すら殺して見せると。 「執着されて激しく求めて欲しい。これは、僕が寂しかったから。君に会いたくて、恋しくてたまらなかった」  何を置いても海輝を優先にする事が出来る。  錦の世界の中心に海輝がいる。  彼の微笑みが有れば、他に望むことはない。  死ぬまでの間にどれ程の人が、こんなふうに狂おしい程の愛を抱く事が出来るのだろう。  海輝に出逢えなかったら、誰かをここまで愛する事は無かった。  海輝の為にどこまでも捧げる事が出来る。  時には望まぬ方向へさえ、意思を捻じ曲げる事も容易であると思っていた。  目的の為であれば心など置き去りでも構わない。  愛情の形が分からない錦は、どの様な形で海輝に返せれるのかがわからない。  だから、自分を捧げる事で安堵していたのだ。  それが錦にとっての恋の証明であり愛の流儀だった。

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