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二十七話:『つまりはそう言う事』
繋いだ手が熱い。
三十九階に辿りつき、コンシェルジュカウンターで預けた荷物を受け取り、そこから部屋までの距離が迫るとエレベーター内で抱きしめられた肌の温もりが蘇る。
恋人とする事なんて、一つだけだと口にした数時間前。
つまりはそう言う事なのか、なんて部屋に入った後の事をぼんやりと考えた。
「部屋にある飲み物なんだけど、錦君が飲めそうなのが水、緑茶ほうじ茶、麦茶位なんだ。お茶は温かいのと冷たいの両方用意できる。あとはジュースになるけど何か頼む?」
「水が良い」
「ナチュラルミネラルウォーターとナチュラルウォーター、ミネラルウォーターがあるよ? スパークリングウォーターもあるけど、炭酸が弱いから君でも飲めると思う」
「水だけでそんなに用意してるのか?」
「あぁ、部屋に備え付けてある天然水が輸入品とスパークリングウォーターだったから、別に用意しといたんだ」
「わざわざ良かったのに。でも有難う。お前の好みは相変わらず炭酸か?」
「うん。最近はトニックウォーターに嵌ってるんだ」
一度目に歩いた時は、海輝の部下の歩調に合せることで装飾を鑑賞する余裕は無かった。
二度目は並んで歩く海輝の事ばかりが気になり、調度品に対する芸術的価値などもはや如何でも良い事のように思えた。
浮き沈みする錦の気持ちを和らげるように海輝が何かと話しかけてくる。
熱に浮かされた様にぼうっと弛緩したり、我に返る様に緊張したりを繰り返しているうちに一七十二号室部屋に辿り着いた。
カードでセキュリティ解除し二十扉の内側に入ると、室内に明かりが灯る。
スリッパに履き替え間接照明の柔らかな灯りの中廊下を進み、広々としたリビングに足を踏み入れた時、真っ先に青紫色の光源に目を奪われた。
アイボリーの壁に埋め込まれた、二メートルは超えるだろう大型水槽に感嘆の声を漏らす。
「凄い……」
白い砂と色彩豊かな珊瑚の上を赤や橙、青色の海水魚が戯れ、淡く発光する水の中でメタリックな鱗が光る。
水槽を覗き込んでも魚は逃げる事なく目の前で優雅に尾を揺らす。
ライブロックの橋の下をヒレナガハギが抜けるのを見つめていると「結構迫力あるだろ、気に入ってくれたなら何よりだ」と背後から声だけが届く。
振り向くと海輝は縦格子の仕切り壁の向こう、食卓スペースに備え付けてあるプライベートバーの中を物色していた。
「実は君と何時か泊まろうと思ってたんだ」
特別に贅沢や華やかさを好む質ではない彼が、一人宿泊する為にグレードの高い部屋を利用した理由を知り眩暈がした。
本当は最上級スイートを利用したかったらしいが、予約が入っていたので――部屋の利用は次回にして――今回は客として施設巡りをメインに下見を兼ねたデートの予行演習をしたのだと笑う。
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