75 / 245
『目が合い、言葉が途切れる』
それよりも……何時か泊まるつもりとは、所謂デート後の予定と言う事だろうか。
照れくさそうに笑いながら、飲料水のボトルを数本抱え戻ってくる。
「君の誕生日とかにデートした後二人でロマンティックな夜を過ごしたくてだね。えへへ。ロイヤルスイートだと部屋が此処より増えるけど、一緒に過ごすんだから使うのは一室だけだろうなぁ。でも最上階で一緒に夜を過ごすのって何か憧れるよね」
無言になった錦の疑問に返す声は、砂糖を含む甘さで。
夢見がちな表情は恋に恋する初心な少女のそれだ。
何だか恥ずかしくなり、視線を泳がせる。
そして漂った視線がぴたりと止った。
止ったと言うより「引っかかった」と言う方が正しい。
「ん?」
既視感に目を細めピラスターの装飾部分を見つめる。
――この曲線、この描写法……これは!
壁に激突する勢いで駆け寄り、装飾部分に顔を寄せた。
「間違いない。これは縄紋文様に似ているのでは?」
両手を壁についたまま振り向くと彼は面白そうに笑い、涙をぬぐいながら頷く。
なぜそんなに笑う。
「はは、やはり可愛いな君は。うん。正解。さすがだ。ただねぇ。文様を候補にあげたら大反対されたからデザイナーを脅し……いやいや、交渉して文様をもとにレリーフをデザインして貰ったのさ。ベッドルームの壁面装飾も同じだよ。それより、喉乾いただろ? こっちにおいで。ウェルカムアメニティだけど和菓子と洋菓子があるよ? 食べる?」
焼き菓子を二つに割り口に運んでいる海輝の隣に腰かけると「向かいじゃないんだ」と笑われる。
テーブルには半分ほど減ったトニックウォーター。
菓子器の横に海輝が錦の為に用意した飲料水が三本、その隣に麦茶、スポーツドリンクのボトルが列を作っている。
一番近くにあったナチュラルウォーターを選んでキャップをひねる。
口に含めば自棄に甘く感じ、喉に流れ込むと思い出したかのように唐突に渇きを覚えた。
一本目を開けて、ようやく人心地つくが自然と二本目に手が伸びる。
暫く二人で他愛もない話をし乍ら喉を潤した。
「それにしても広いな。ホテルの部屋と言うより家みたいだ」
リビングルームだけでも九十平米は超えている。
ワイドスパン設計された室内は、リビングルームを真ん中に寝室とダイニングが横並びに配置されている。
ダイニングテーブルのおかれた食卓エリアは可動壁を採用し、今は仕切りを開放しているので部屋が繋がり尚更広く感じた。
リビングに隣接している居室は、仕切り壁があるがやはり空間が一体化している。
窓際に書斎デスクとカウチソファが確保され、海輝の私物と思われる雑誌が数冊とドキュメントファイルが置かれていた。
唯一独立した居室は、書斎奥に確保された寝室のみだ。
閉ざされた寝室の二枚扉の向こう側は、どの様な間取りなのかは分からない。
グレードを思えば、やはり広いのだろう。
「一人で使うには広いから君がいてくれて良かった」
「二人でも広いと思う」
ボルドーの絨毯に、家具類はダークカラーで揃えたインテリアは全体的に重厚感があり、深みのある色彩の中でテーブルに飾られた胡蝶蘭の白が鮮やかに映えた。
曲線を描く花弁の下、水盤の形を見つめているうちに錦の目が輝く。
見間違えるはずはない、この形は。
「……今気付いたがまさかこれは火焔型土器か? 鶏冠状把手にしては曲線が慎ましやかだが、この袋状突起といい文様と言い頚部を模倣したとしか思えない」
「流石に土器はおけないって言われたから、エグゼクティブフロアからは全て水盤やインテリアの一部を火焔型土器の形を元にデザインしたんだ。これでどの部屋を君と使っても火焔型土器もどきが楽しめる」
「素晴らしいぞ海輝」
「ははっ火焔型土器に対する冒涜だ、と怒られるか。素晴らしい、と褒められるかどっちかなって心配してたんだけど良かった」
「これはこれで良い。俺も作れそうな気がする」
「馬鹿言っちゃいけない。中々難しいんだから」
ボトルを両手に持ったまま見上げると穏やかに笑う海輝と目が合い、言葉が途切れる。
ともだちにシェアしよう!