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『気まぐれ次いでに鍵はあけておく。来るならどうぞ』
「ナイトウェアは寝室にあるから、バスローブから着替えるのが面倒なら持っていきなよ」
「着替えは寝室でする。お前はどうする?」
「ここに着いた時一回シャワー浴びてるんだ。寝る前にさっと汗流そうと思っていただけだから、僕のことは気にせずゆっくりして良いよ」
「……一緒に入っても構わないぞ」
海輝は少し驚いた顔をするが「それじゃぁ、ゆっくりできないでしょ」と笑う。
「この期に及んで我慢が必要か」
「いけない子だなぁ。煽らないでくれよ」
書斎デスクに移動し、取り出したタブレット片手に肩をすくめる。
「煽っていない。純粋な疑問だ」
「下心なしとは言わないけど、本当に何かをするつもりは無かったんだ」
「そうか」
「抱っこして一緒に寝ようと考えていたくらいだ。何も準備はしていない」
「準備とは何だ。向学の為に教えてくれ」
「君を抱く為のあれこれ」
「……ところで海輝。先ほどお前が言う様に、俺は少々疲れた」
「うん?」
「風呂に入るのも面倒くさい」
「君でもそう言う冗談いうんだな」
「しかし俺は衛生面には人一倍注意をしなくてはならない。これは移植を受けた人間の義務だ。命を繋がれたからには、守らなくてはならない約束事だ。しかし面倒くさい。つまりお前が洗えば問題解決だ」
「……は?」
「本来俺は二十二時には就寝してるんだ。疲れたので代わりにお前が俺の体を洗えば良い」
これは名案ではないか。
海輝は何故かまじまじと錦の顔を見てくる。
「君ねぇ……あぁ、そうか。君疲れてるでしょ。君昔から眠くなると偶にとんでもないこと言うよね」
「そんな記憶はないが、そうだったか?」
「そうでしょうが」
「それで、俺の体を洗いたいのか洗いたくないのかどっちだ?」
「いや、あのね……あぁ、もう、そう言う所を煽ってるって言ってるの」
限られた時間だからこそ、何か特別な事をしたかった。
しかし、海輝にとっては特別だからこそなし崩しに事が進むことを躊躇うのだ。
一人宿泊する部屋のグレードをデートの下見で選ぶ様な男だ。
時間が惜しいが為に、組み立てたセオリーをぶち壊す事が憚られるその気持ちも理解できた。
もう日を越してしまっているから、一緒にいられる時間は一日も無い。
眠るのが勿体ないと感じた。
だが海輝が否定的ならこれ以上は無理だ。
困らせてどうすると内心苦笑交じりに嘆息する。
引くことも大事だろう。
今日が最後と言う訳ではない。
先はまだある。
そう思い直し、未練は吹っ切る。
「時間切れだな即答しないとは期待はずれ。実に残念だ」
「洗いたいにきまってるだろうが。お堅い癖に、大概気まぐれだな」
打算など無かったが此方が諦めて引けば追いすがる。
錦は笑いたくなった。
「気まぐれ次いでに鍵はあけておく。来るならどうぞ」
半端に残された二本目のボトル空にして席を立つ。
視線を感じたが振り向くことはせずリビングルームをあとにした。
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