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二十八話:『バスルーム』
――眩しい。
照明がついた時、思わず目を細める。
白を基調としているからかバスルームがやけに明るく感じる。
瞬きをする度じんわりと眼が沁みるように感じて、パウダールームの鏡を覗き込んで下瞼を下げると少しだけ充血していた。
道理で眼の奥が痛むわけだ。
そう思えば疲れが一気にのしかかり肩や首まで重く感じた。
就寝時間はとうに過ぎているのだから、疲労を感じるのは当たり前だ。
鏡から視線を外してダブルシンクのセンターに置かれた観葉植物に僅かに目元を緩めた。
西瓜の様な縞模様が走る多肉質の葉は、艶々と瑞々しい。
見ているだけで癒される。
何て言う植物だろう。
後で海輝に聞いてみようか。
何となくドアを振り返るが、人が来る気配はない。
短く息を吐き、シャツのボタンを外す。
磨りガラスのドアを開いた正面に、ニッチに置かれたアイビーの葉が曲線を描きながらしなやかに伸び、その下に設置してある大理石製のカウンターの上で緩く跳ねる。
アイビーに囲まれるようにして畳まれたタオル数枚と二人分のバスローブが並んでいるのを見て、酷く照れくさくなり眼を反らす。
恥じらいを誤魔化す様に、籠に収められたアメニティグッズを覗き、中々の豊富さに感心する。
ボディケア用品だけでも固形石鹸、ボディソープ、ボディジェルと三種類用意されている。
ヘアケア用品やスキンケア用品は全て未開封のまま二人分残されているが、ボディジェルが足りない。
錦は籠から視線を上げウェットエリアに目をやる。
3平米程度離れたバスタブの淵にボディジェルのボトルを見つけ、手にしていたボディソープを手放した。
バスタブに移動しオーバーヘッドシャワーのパイプからバスタブの中に滴がしたたり落ちるのを指ですくう。
シャンプーはウェットエリアに備え付けられたディスペンサーを使用したのだろう。
洗い場のタイルが濡れている。
ボトルの蓋を弾き鼻を近づけるとベルガモットとダージリン、グリーンフローラルの甘く爽やかな香りがした。
数時間前に海輝が、このジェルをここで使ったのだ。
彼の行動をなぞりながら、バスタブから離れる。
湯につかりたいのは山々だが錦は外泊時ホテルのバスタブは使用しない。
清掃が行き届いてると理解はしていても、前にどのような人間が使用していのるか分からないので抵抗が有るのだ。
海輝が使用したと言う事も有り多少迷いが生じたが、結局はバスタブ向かいにあるシャワーブースに入った。
操作パネルを弄り熱いシャワーを浴びるとあっという間にガラスが曇る。
レインシャワー特有の細かく柔らかな水流がブース内を包む。
弱めに肌を打つ湯が心地よく、髪を撫でつけそのまま軽く伸びをした。
肩や腕の筋肉をほぐした後でハンドシャワーの水栓をひねり、強めの水圧で水と湯を交互に浴びると頭がすっきりとする。
温度を調節し全身を洗い流した後で髪を洗い次に顔を洗う。
そして、海輝が使用したジェルをスポンジで泡立てて体を洗い始めた頃に、バスルームのドアが開く音がした。
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