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『どの口がいうのやら』

「――育ったなって思って」  余りにも鋭い視線を向けてくるので、はっとし身を固くしたが取り繕う様に笑う彼に面映くなる。 早く大人になって海輝に近づきたいと思っていたのだが、こうして面と向かい口にされると照れと奇妙な感動とが交差して返事に窮する。 「なんだ。睨むように見てくるから……」 「見惚れてつい凝視してしまった。失礼」 「見惚れている目じゃなかった」 「如何いう目だった?」  食いつかれると思った。  激しくて鋭い。  異様な輝きで見つめる瞳。  錦を眺め廻す瞳には執着、独占欲、劣情、崇拝が綯い交ぜになっていた。 「如何いう目で俺を見ていた?」 「さてね。しかし随分と色っぽい。濡れた髪と白い項のコントラスト。背中の溝、肩から腕のライン。湯が流れ落ちる尻に足。今振りむいた時に見えた泡塗れの乳首とかが特に」 目を剥きぎこちなく色の薄い胸元を見下ろせば、泡が突起した乳首を流れ落ちていく。 「何時までも眺めていられる」  流れる湯が肌の上で葉脈の様に細く枝分かれする。  それを不躾な程に見つめて「僕の恋人は本当に綺麗だ」とにやける。 「……変態スケベ」 「そのスケベ男に体洗わせようとしたのは誰だい? 君も負けず劣らずスケベだろ」  棚に置かれたボディジェルのボトルを見て、彼は陽気に笑う。  海輝の使いかけを選んだことが面白かったのだろう。  そんな事よりも。 「何てことを言うんだお前は。お前の破廉恥さと、俺が風呂に誘った事とは別問題だ」  確かに誘った。  触れる事を我慢する海輝にもどかしさを感じた。  キスの次を望んだもの事実だが。 「風呂に誘ったのはコミュニケーションの一環だ」  幼少期の様に、抱きしめられたり髪や体を洗われて優しく扱われたかっただけだ。  あの夢の様な幸福と溺れる程の愛情を味わいたかった。 「どの口がいうのやら」 「……笑うな」 「君は甘え方が可愛い。ピュアで稚い所もたまらなく可愛い。 要するに可愛がってほしかったんだろう? セックスが目的ではない事位は理解してるさ。でもあんなふうに誘われれば誰だって、君に何をしても良いって勘違いするよ」 「……お前以外誘わないから問題ない」 「当り前だ。君は僕といちゃつきたかったんでしょ?」 「お前は違ったみたいだがな」 「はは。さっきまでは懐いて来たのに、つれないな」 「つれなくしたのはお前だろうが」  特別な時間が欲しかった。  少しでも一緒に居たかったから、風呂に誘った。  スキンシップを取りたかったのは確かだが、浴室で破廉恥な事をしようと思ったわけではない。  優しくされて抱きしめられて、和やかな時間を共にして。  それで、ベッドで一緒に眠るのが理想だった。  もしも海輝がセックスをしたいならしようと思っていた。  淡くそんな恋人との一夜を考えてはいたのだが……。 「予定を狂わせたのは何処のどいつだ」  完全なる八つ当たりに彼は笑う。 「じゃぁ、予定通りに過ごすか。恋人と一緒に過ごしてする事なんて一つだけなんだろ?」 「――それは、ベッドの中の話だ。しないんだろ?」 「セックスはしない。でも、やっぱりせっかく二人で過ごすから少しだけ、ね?」 「気が変わったか」 「次は抱かせて」  何故次何だ。  したいならすれば良いのに。  錦は少しだけ不機嫌な顔になる。

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