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『五分以内にスケベになるよ』

「次は無いかもな」  不慣れに誘い掛けても彼は笑顔で拒んだ。  望まぬ拒絶だったとしても、ボーダーラインを超すことが出来ないなら、どこかで今まで通りに過ぎるのだと思っていた。  はなはだ残念であると同時に、本当は安心していたのだ。  安心。  そう、ホッとしていた。  ぬるくて優しい関係が心地良くてそれが続く事に安堵した。  そして感じた僅かな落胆。  海輝に対して自分は何て我儘で天邪鬼なのだろう。 「体洗わせてくれるんだろ」  錦の手からスポンジを奪い、備え付けているディスペンサーからジェルを乗せる。  水分を含ませたっぷりの泡を作り上げると、錦の手を取り腕を横に向かい伸ばす。  肩から腕、手の甲、指の先まで。  優しく丁寧に泡が肌を撫でていく。  ほうっと溜息を吐き「本当に綺麗だな」と優しく肌を擦る。  湯気に混じる香りがグリーンノートの澄んだものに変わる。 「君の肌きめ細かくて柔らかくて、エンゼルケーキみたい。美味しそう。舐めたいな」 「セクシュアルハラスメントだ」 「合意の上で舐めるのでハラスメントにはならない。君から強請るようになるさ。今度は背中だ」 「俺は破廉恥な男じゃない」 「五分以内にスケベになるよ」 「それはお前の所為でということか? なら俺が厭らしいと言う訳じゃない」 「つまり錦君がエッチになるのは僕次第って事? 一緒にスケベなことするってお誘い?」 「お前がしたいと言うなら吝かではない。しかし、俺が卑猥な人間だからではなく恋人なので構わないと思ってる。つまりは俺が嫌らしいからそうしたいわけじゃない。恋人の願いを叶えたいと思うのは至極単純な……あ?」  錦は喋りながら眉間を寄せて、首をかしげる。  自分で何を言ってるかもはや自分でも理解していなかった。  思っていたより疲労が蓄積しているようだ。 「うんうん。要するに僕にだけスケベになるんだね。スペック高いのに恋愛にだけは微妙にポンコツで可愛いな」  ポンコツと言われてムっとするが否定できない。  更にジェルを継ぎ足して、両手から零れそうな泡を作り救い取ると足元にスポンジを落とした。 「何をしてるんだ」  腰を折りスポンジを取ろうとしたら、肘を掴まれて引き戻される。  強引さに驚いて振りむこうとしたら背後から抱きすくめられた。 「おい?」 「立ったままで」  背中に裸の胸が当たりつるりと滑る。  弾力のある剥き出し肉体に触れて、互いに裸で密着していることを今更ながらに思い返し胸が動悸をうつ。  海輝の右手が鎖骨から喉を撫で耳の後ろに手を差し入れ、髪を軽く引く。 「海輝?」  体をひねる様にして顔を上向けば、海輝が覆いかぶさる様にして錦に「目を閉じなさい」と囁く。  息を殺して海輝の瞳を見ると、静かな瞳が見下ろしてくる。  何をしたいのかを察して、瞳を閉じた。

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