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『キス以上の事』
「――……良い子だ」
柔らかな唇が唇を覆い吸い上げる。
霧雨の中で何度も唇を合わせ、角度を変えて少しずつ深くなる。
濡れて幾筋も道を作る雫をぬぐい長い指が額から前髪を撫でつける。
「んん、ふぅ……あっ、は」
ぬるりと弾力のある舌が歯列をつつき、こじ開け咥内へ侵入してくるのを錦は従順に受け入れる。
ぬるぬると舌が動いて、粘膜を撫でるとたまらなくなり海輝の腕に指を食い込ませる。
腰と膝が震える。
腹の奥がじわじわと疼く。
何かが腰のあたりから這い上がってくる、心地良いような悪いような気持になる。
「むぅっ……ん、あっ、まっ……ン」
唇を合わせるだけの口付は好きだけれど、舌を絡ませるそれは苦手だ。
頬に、額に、唇に柔らかな唇を押し当てられると愛されていると感じるから、性の香りを問わずにこれは昔から好きだった。
しかし、深い口付はどうも苦手だった。
体の内側を触れられる嫌悪が先立ちどうしても快楽を掴む前に拒絶反応が出たものだ。
「ん――ン、あっはぁ……はぁ」
頬を掴まれ舌がじゅぶじゅぶと音を立てて、出入りする。
仰け反り、激しい口付に息も絶え絶えになりながらも海輝の腕に縋りつく。
「ふっぁっ」
あぁ、どうしよう。
こんなにも、感じるものだったのか。
唇を合わせる事は初めてではない。
舌を絡らませるのも。
唇の裏側を舐められるのも、初めてではないのに。
気持ち良い。
こんなに感じたことは無い。
感覚が冴え渡り、驚くほど敏感に舌の蠢きを追った。
海輝以外とした事が無いのに。
経験自体そうないのに、まるで慣れた様に喜びに体が震えた。
どうしたのだろう。
自分の体が自分の物ではない様だ。
成熟とは程遠くても、最後に触れられたときよりも体が育ったからか、海輝を受け入れようとしているからか。
錦自身もわからないが、信じられない程に感じた。
錦の舌の表面をぬるりとなぞり、海輝の唇が離れる。
息を荒くして見つめると、彼は嬉しそうに微笑む。
「僕の事受け入れてくれるんだね」
錦の変化と育ちつつある性感を嗅ぎ取り、喜びを感じているのだろう。
「昔は舌入れると嫌がってたのに」
――恋人が大人だからな。ならばキスは大人のそれをするものだ。
途切れながらそう答えてみれば、彼は小さく声を立てて笑う。
反響する声を聴きながら、僅かに呆ける。
頭がぼうっとする。
元々錦は長時間風呂に入ったりシャワーを浴びる事はしない。
体に負担がかかるし疲れるからだ。
シャワーブースで抱き合うよりもベッドで口付をしたかった。
ここを早く出てベッドに沈みたいと思ったが、流石にそこまでは口には出せなかった。
「じゃぁ、もっと大人のキスしようか」
「……キス以上の事もして良いぞ」
そろそろ出ようと言う前に、もう一度口付られる。
海輝の柔らかい唇に、完全にシャワーを終わらせるタイミングを失った。
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