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二十九話:『もっと恥ずかしい事』

「――精通した?」 「……お前、俺を幾つだと思ってるんだ」 「幾つでしたのかな」 「さぁな。お前の知らない所で大人になったのは確かだな」 「生意気だねぇ」 「あっ」  頬に添えられていた海輝の右手が左手を追う。  ケーキにクリームを乗せる様に、弾力のある泡がぬるりと肌を舐め息を短く漏らす。  臍の窪みに指先が食い込み小さく掻き回す。 「っ……ン」  仰ぎ見れば背後から覆いかぶさり唇を奪われ、何度目か分からない行為を繰り返し自ら舌先を差し出す。  唇を食まれ吸われざらつく舌を誘う様に絡める。 「あっ、ふぅ」    粘着質の有る音を立てながら、錦の体を撫でる両手が意図的な物に変わる。  泡を擦りつけながら、細い体をなぞり腰骨を撫で腹の方へ回り込み、胸元へ這う。  洩れそうになる声を飲み込んだ。厚みのある泡を乗せて胸元で緩く円を描く。  くすぐったい様な心地良いような、何とも言えない感覚に自然と息があがった。 「んんっむぅ……ン」  声が思ったより大きく響きハッと目を見開くと海輝が「好きなだけ声を出せば良い」と離れる唇にリップ音を響かせた。 「ンッ、はぁ、海輝」  息を切らせながらとろりとした目で海輝の手の甲を撫でる。  時折左手が下り腰骨の凹凸を撫ぜる。少しくすぐったい。  後頭部を彼の胸元に擦りつけて上向けば、優しく見つめ返してくる。  その視線が自分だけのものと思えば至福感に焦がれて、自然と淡く微笑みが浮かんだ。  無防備であどけない、信頼しきった顔に海輝は暫し見惚れる。  そうして、堪らないと言う風に錦をぎゅっと抱きしめる。 「――本当に可愛い。君が僕の恋人だなんて夢みたいだ」  髪の生え際に唇を落とした海輝が溶けるような笑顔を見せた。 「ねぇ」  甘い声に「何だ」と聞き返す。  肌を撫でる手に小さく声を出しながら、震える吐息を漏らす。  ふわふわと幸せな気持ちで愛撫を受けながら、もう一度言葉の続きを促す。 「ふっ、ぅ……はぁ」 「錦君ってオナニーはしてるの?」 「――……あ?」  聞き間違いか。  いま、有り得ない質問をされた気がする。  たっぷりを間をあけて返事にもならない返事をする。  甘やかな空気に相応しくない場違いな言葉に理解が追いつかなかった。  思いがけない言葉に閉じていた瞼を薄く開いて、質問の意図を探る。  ――今、彼は何といった?  彼の言葉を反芻してみる。  どう考えてもやはり「自慰はしてるのか」だった。  こんな時に、そんな質問をするだろうか。  聞き間違いか。  きっとそうだ。  そう結論付けた。  湿度と熱さのせいか、放心状態に陥っていた。 「自分で弄って厭らしい事しないの?」  聞き間違いまたは幻聴であることを期待したが、あっさりと期待は裏切られる。  最低だ。絶望した。 「……ンっ、その……質問の、意図は? あっ……」  息を乱し胸の愛撫に感じながら、顔を上げ海輝を見上げる。  胸を弄っていた手が喉元に上がり、喉元から頤を撫であげる。  猫なら喉を鳴らしている所だ。 「普段どうしてるのかなってと言う純粋な疑問と、君みたいな子が性欲感じてるのがたまらなく興奮するので知りたいと言うスケベ心と、君のことは何でも知っておきたいと言う独占欲と、厭らしい質問に恥じらう君の顔が見たいと言う細やかな願望」 「何だと? 何て質問をするんだっ最低だな」  思わず海輝の腕を掴んで愛撫を止めさせる。  幸福感に浸っていた錦は一気に不機嫌になった。 「君のオナニーって淡泊そうだな」  手を掴まれたまま、海輝は錦の胸元へ手を這わせる。 「この状況で……デリカシーの無い男は嫌いだ」 「おいおい、オナニーよりもっと恥ずかしいことするのに怒らないでくれよ」  胸に描く円の面積が少しずつ狭くなり、丸く膨らんだ粒が指先に引っ掛かる。 「あっ」 「オナニーする時はこっちも触るんだよ」 「し、しないっ」 「赤く膨らんできた。小さな乳首が勃起してる。泡から顔を出したよ錦君。気持ち良いのかな?」  摘まんだ乳首を引っ張り上向ける。  痛くはないが、じわりとした快楽にあらぬ場所がきゅっと収縮する。  膝を擦り合わせたくなるのを我慢して精一杯反抗した。 「良くないっ」 「じゃぁ、素直になるまでがんばろっか? それからオナニーする時は僕のこと考えながら、するんだよ?」 「しないと言っている」 「僕は君のこと考えながらしてる」 「――っ何てことを……」  海輝が?  聞いてはいけない事を聞いてしまった。

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