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第3話 山岸 忠直

洋食店『ファミーユ』 俺がその店を知ったのは24歳の春。 外回り中に偶然会った大学の時の先輩と、たまたま近くにあった店で昼食をとろうと入ったのが『ファミーユ』 先輩と何を話したか覚えていないが、何を食べたかは今でも鮮明に覚えている。 日替わりランチのグラタンセット。 自家製ドレッシングがたっぷりかけられた新鮮サラダ、いい香りのする焼きたてフランスパン。チーズがこんがり焼け、グラタンにスプーンを入れると蒸気と共に、中に閉じ込められていたホワイトソースとチーズの香りが、一気に溢れだしたマカロニグラタン。 食後にはタイミングを見計らって運ばれてきた、少し苦味が特徴的だってコーヒー。 その頃、上司とうまく行ってなかった俺は精神的に参っていた。 今思えばギリギリだったのかも知れない。 眠れない、食べられない、食べても味がしない…。 そんな時、ファミーユで食べたグラタンセットは頭が痺れるぐらい美味しかった。 久々の食べ物の味に涙が出そうだった。 食事中、会社からの電話で呼び出された先輩が帰った後も店に残り、グッと涙を堪えていると、君が現れたんだ。 『よかったら、これ…』 差し出してくれたのは、綺麗にアイロンが当たったハンカチ。 『まだ使ってないので綺麗です』 それだけ言い残して、キッチンに入っていった君は確か…あの時12歳だったね。 知ってるかい? 次の日、そのハンカチを返そうと君に会いに店に行ったことを。 でも君はいなくて会えなかった。 会えたら言いたかったんだ。あの時言えなかった『ありがとう』って。 君のハンカチが、ファミーユのグラタンセットが俺に勇気をくれた。 あんな上司クソ喰らえだってね。 だから転職したんだ。 そして今の会社にいる。 転職して本当によかったよ。 仕事は面白いし、いい人達ばかり。 はじめは支店配属で他県にいたから店に行けなかったのが残念だったが、頑張ればまた本社《そっち》に戻れると思って働いたんだ。 君に会ってお礼が言いたくて…

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