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第4話 ②
それからと言うもの、宝は何となく四賀を意識するようになってしまった。
その意識が何を意識しているものなのか、宝自身わかってはいない。
ただ、ストレートに今の自分を好きだと言ってもらえたのが嬉しかったのだ。
ありのままの自分を認めてくれている。
だから、なるべく四賀の前ではいつもの自分でいたい。
そう思うようになった。
部活中もクールなふりは先輩達の前だけで、四賀と二人の時や先輩達が離れている時は普段の自分でいるように意識的に努めた。
四賀にもっと好きになってもらいたい。
このままでいいんだと言ってもらいたい。
意識すればするほど、宝の中で四賀の存在は大きくなっていく。
それから数週間が過ぎて、梅雨の季節になった。
シトシトと連日雨が降り続く。
今日も部活は休みになりそうだ。
宝は廊下の窓にあたる雨を見ながら、ハァと軽いため息をついた。
部活がないと、四賀と会うことも少ない。
四賀はクラスでは爽やかな人気者で通しているので、部活がない日はクラスメイトに囲まれながら帰っている。
無理してるくせに、と宝は心の中で毒づいた。
宝は手に持ったスマートフォンの画面を見つめた。
なんとなく自分から一緒に帰ろうと声をかけるのは気恥ずかしくて、連絡はしていない。
しかし、本心では四賀に会いたい気持ちでいっぱいだった。
そうやって、最近は一人モダモダと悩んでばかりいる。
気づけば一週間、四賀とまともに話せていない。
今日こそは声をかけてみようと決心し、宝はスマートフォンの四賀の連絡画面を開いた。
今は昼休みだから、電話に気づけば出れるはずだ。
・・・
呼び出し音だけが鳴り続ける。
電話に出そうな気配はない。
宝は一つため息をつくと、スマホを制服のポケットに入れて廊下を歩き始めた。
四賀のクラスをチラリと覗く。
しかし姿は見当たらない。
どこかに行ってるのか・・?
宝は思いつく場所もなく、なんとなく校内をうろうろとした。
ふと、足を止める。
そこは生徒会室の前だった。
(そう言えば、三角先輩と四賀は従兄弟らしいけど仲良いのかな?)
宝は自分の知らない四賀が気になった。
三角に聞けば小さい頃の話など教えてくれるかもしれない。
いるかはわからないが、せっかくなので確認のため生徒会室のドアをノックしようとした。
その瞬間・・
ガチャ!
生徒会室の扉が開き、中から四賀が出てきた。
「えっ・・和泉?」
四賀は扉の目の前にいた宝に驚いて目を丸くした。
「あっ!四賀・・」
宝もまさか四賀が出てくるとは思わず、驚きの表情を隠せなかった。
「お前、こんな所で何してんだ?いつからいた?」
心なしか四賀の機嫌は悪そうに感じる。
「あっ、いや、今きた所。四賀のこと探してたんだよ!」
なんだかここに来てはいけなかったような気がして、宝は取り繕うように両手を振った。
「・・俺を?」
四賀はまだ不機嫌そうな顔だ。
「あぁ、その、最近四賀と帰ってなかったし・・今日とか、一緒に帰りたいなぁ、なんて・・」
宝は恥ずかしくなり目線を逸らしてしどろもどろに話す。
「・・・」
四賀はじっと宝を見つめる。
無言で黙られたものだから、宝はますます恥ずかしくなり顔を赤らめて下を向いた。
それから程なくして四賀はポンと宝の頭を叩いて言った。
「いいぜ!今日一緒に帰ろう。下駄箱のとこで待ってる」
宝が顔を上げると、四賀は先ほどまでの不機嫌な顔ではなく、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。
「・・何かあったのか?」
宝は思わず心配になって聞いた。
「はっ?」
「なんか、四賀いつもと違う気がする・・」
「・・・」
四賀は少しの間黙っていたが、右手で自分の髪を掻きむしると罰の悪そうな顔をして言った。
「別に・・平気。ありがとな」
「・・本当か?」
宝は疑いの瞳で四賀を見つめる。
「本当だよ。じゃあ、また帰りにな。お前も早く戻れよ。もうすぐ授業始まるぞ」
四賀はそう言うと、先に廊下をスタスタと歩いて行った。
放課後、約束通り下駄箱で四賀は待っていた。
「遅い!」
四賀は一言そう言うと、傘を手に持ってもう外に出ようとした。
「まっ、待てよ!!」
宝は慌てて靴を履き替えて駆け出す。
バシャバシャと足元が濡れて、宝は自分が傘をさしていないことに気がついた。
するとスッと宝の頭上に四賀が傘を差し出してくれる。
「そんなに慌てなくたって先に帰らねーよ。それよりお前傘は?」
「あっ・・折りたたみ傘、持ってる」
そう言って宝はゴソゴソと鞄の中を探った。
「はぁ?今日朝から雨降ってたろ?なんで折りたたみ傘?」
「今日寝坊して親父に駅まで車で送ってもらったんだよ・・それに朝は小雨だったから駅から学校までの道走ってきちゃったし。だから大きな傘は持たずに来た・・」
そう言いながら宝はまだ鞄の中を探している。
確か入れっぱなしにしていた物があったはずなのだが、見当たらない。
「・・ないのか?」
四賀がチラリとそんな宝の様子を見て聞いてきた。
「・・うん」
「仕方ねぇなぁ。じゃぁこの傘入れよ」
「えっ!!!?」
宝は思わず自分の頭上にある傘と四賀の顔を交互に見ながら叫んだ。
「なーに意識してんだよ。お前ウケるな」
四賀はケラケラと笑いながら歩き出す。
「ほら、ついてこないと濡れるぞ」
「あっ、ちょ、待って!」
宝はモタモタとしながらも、四賀の横にピタリと並んでついて行った。
(えっ!?これ、相合い傘ってやつでは?!
いや、待って?!距離近くないか?!)
宝は鞄を両手でギュッと抱えながら混乱する頭で歩いていく。
その時だった。
「宝?」
後方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ」
宝はドギマギとしながらも振り向いてその姿を確認する。
「あっ・・完ちゃん!」
完路が紺色の傘をさして宝と四賀を見つめていた。
「何やってるの?傘はどうしたの?」
「あっ、今日傘忘れちゃって・・だから、その四賀に、傘一緒にいれてもらってるんだ」
宝は今のこの状況を説明するのが恥ずかしく感じ真っ赤になって答えた。
「・・そう」
完路は短くそう答えると、宝と四賀を見ながら続けて言った。
「宝、今から帰るところなら俺の傘入りなよ?」
「・・え」
宝は一瞬完路が何と言ったのか理解できず、キョトンとした顔で気の抜けた声を返した。
「家まで傘入れて行ってあげるから。四賀君とは駅までしか一緒じゃないでしょ?」
完路にそう言われ、宝はふと思った。
あっ、そうか。
そうだよな・・確かに四賀とは学校の最寄り駅までしか一緒じゃない。
それだったら家が近所の完ちゃんの傘に入れて行ってもらったほうがいいに決まっている・・
「あっ・・じゃぁ俺」
宝がそう言って完路の方へ歩き出そうとしたその時、
グンと宝の腕が引っ張られ体が後方へと傾いた。
宝の体はトンっと腕を引っ張った張本人の四賀にぶつかる。
「いやいや、和泉、どこかでご飯食べて帰るんじゃないの?」
四賀は少し見下ろすように宝を見つめて聞いた。
「いつも一緒に帰る時はなんか食って帰るだろ?今日もどこか寄ろうぜ」
四賀はニコリと笑ってそう言うと、完路の方に表情を変えないまま視線をやり言った。
「だから大丈夫だよ!ありがとうかんちゃん?」
その四賀の発言に完路の眉はピクリと引きつる。
しかし、宝はそんな完路の変化に気づくことはなかった。
「あの・・そういうことだから・・ごめん完ちゃん!ありがとな!」
宝はニコリと完路に笑いかける。
そして
「行こう」
と四賀に声をかけて校門の方へと歩き出した。
ーーー
「・・・」
完路は傘の柄をギュッと握りしめながら、遠ざかっていく二人をただジッと見送る。
今まで、どんな時でも俺を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきたのに。
この高校で、宝がありのままの姿でいられるのは俺の隣だけのはずだったのに・・
二人が校門を出て姿が見えなくなるその瞬間、ふと宝が後ろを振り返り完路に向かって大きく手を振った。
声は出さないにしても、その表情は満面の笑顔であふれている。
「そんな笑顔、俺以外に見せないでよ・・」
完路はボソリと小さく呟いた。
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