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第5話 ①

学校から少し歩いた所にある喫茶店は、老夫婦が営んでいてゆったりとした時間が流れている。 おそらく日中は近所の住人達の憩いの場となっているのだろう。 しかし夕方になると、学校帰りの高校生達が集まってきて談笑したり勉強したりしている。 四賀がこの喫茶店を訪れるのは三回目だ。 「ここのナポリタン美味いんだぜ。ハンバーグのっててボリュームもあるし」 四賀は宝にメニューを見せながら、オススメメニューの説明をしていく。 「でも俺が一番好きなのはこのカツサンド!一緒についてくるフライドポテトが美味い!」 「へぇ〜、じゃあ俺もそれにしようかな?」 宝は初めて来たので、素直に四賀のオススメを注文する事にした。 料理が運ばれてくるまでの間、宝はグラスの水を飲みながらキョロリと店内を見回す。 「学校の近くにこんな店あるんだなぁ、知らなかった」 「一年はあんまり知らないよな。だいたいみんな先輩に教えてもらって知るんだろ。あそこで勉強してるのも三年だし」 四賀はそう言うと、チラリと窓際で教科書と睨めっこしている女子生徒を見た。 「四賀も誰かから聞いたのか?」 宝がそう聞くと、四賀は一瞬目元をぴくりとさせる。しかしその反応に宝は気がつく事はなく、四賀は素気のない口調で答えた。 「あぁ、樹に教えてもらった」 「樹って、三角先輩?」 「そう・・」 「へ〜、やっぱり従兄弟同士って仲良いんだなぁ!」 宝が感心して言うと、四賀は小さく舌打ちをした。 「あんな奴・・別に仲良くなんかない。昔から兄貴面してくるだけで・・」 「誰が兄貴面してるって?」 涼やかな声が四賀の後ろから聞こえてきた。 四賀が慌てて振り向くとそこにはニコリと微笑む三角が立っていた。 「樹・・」 「やあ、大成もここ来てたんだ?もしかして気に入ってくれた?この間来た時は少しつまらなそうにしてたのに」 「はっ?!別に俺は・・!」 四賀は否定する言葉を言おうとしたが、それを遮って三角は宝の方を見つめて言った。 「こんにちわ、大成と同じ陸上部の子だよね?」 「あっ、そうです・・和泉 宝です」 宝は咄嗟のことに少し動揺しつつも、冷静さを保って自己紹介をした。 「あれ?この間会った時とは少し雰囲気が違うね?」 三角はそんな宝の様子を見て微笑みながらも首を傾げる。 「え・・」 「ほら、あの図書室の裏道で会った時・・」 「あっ・・」 初めて四賀の本性を見たあの時、その場に三角もいたことを宝はすっかり忘れていた。 今更もう一度『クール』なふりをするべきか・・宝が迷って目を泳がせていると四賀が割って入って言った。 「あの時は和泉もかなり慌ててたよな。俺の本性見ちゃって。本来のこいつは物静かな奴だよ」 「・・・」 思いがけず助け舟を出してくれたことに驚き、宝は四賀をジッと見つめる。 「な?和泉?」 「あっ、あぁ・・あの時は驚いて・・」 せっかくの四賀のフォローを無駄にしてはいけないと、宝は慌てて答えた。 「へぇ、そっか。それは驚くよね。大成ずいぶん学校ではキャラつくってるから」 三角はそう言いながらクスクスと楽しげに笑う。 四賀はそんな三角を睨むと 「そんなことより、お前待ち合わせしてるんじゃねーの?」 ときつめの口調で窓際の方を指さした。 先程の女子生徒が熱心に勉強をしている。 「あ、そうそう。高田さんと勉強会する予定なんだ」 「勉強会って・・どうせお前がただ教えるだけだろ。人に頼まれればすぐホイホイ良い返事しやがって」 「・・頼まれるのは、信頼されてる証拠だよ」 三角は柔らかくもどこか冷ややかな声でそう言うと、「じゃあまたね」と宝の方に挨拶をしてその場を離れて行った。 四賀はそんな三角の背中を面白くなさそうに睨みつける。 今日のお昼休み、三角に用事があって四賀は生徒会室を訪れた。 用事と言ったって大した事はない。四賀の母親と三角の母親は姉妹で、母親同士の伝言だったりなどの小さな事だ。 しかしそんな小さな用事でも四賀は引き受ける。 何か理由がないと、自分から三角には会いに行きづらいからだ。 三角は昼休みには決まって生徒会室にいる。 何をそんなにやる事があるのだろうと思うのだが、どうやらそこが彼のいやすい場所らしい。仕事がない日はのんびり本を読んで過ごしているのを見た事がある。 「ほら、これ。この間の体育祭のDVD」 四賀は透明の薄いケースに入ったディスクを三角に渡した。 「ありがとう、おばさん俺まで撮っていてくれたんだ」 「頼まれたんだろ。樹の両親二人とも来られなかったから」 「高校3年になってまで親に来てもらうのは恥ずかしいから、別に気にしてないけどね」 そう言いながら三角は透明なケースをパチパチと開けたり閉めたりした。 「体育祭、大成はヒーローだったよね。かっこよかったよ。俺、クラスメイトに従兄弟だって自慢したもん」 「・・っ!また思ってもないことを・・」 四賀は少し頬を赤らめながら三角を睨む。 「本当のことだって!大成はかっこいいのに、自分の見せ方が下手くそだからなぁ」 「あぁ!?なんだよそれ!」 「もったいないって言ってるの。まぁ、だから今はうまくやってるんじゃない?俺の真似っこ」 三角は悪戯っぽく笑う。 そうやっていつも自分のことを子供扱いする。かっこいいと言っておきながら、それはまるで自分の子どもに対しての褒め言葉のような響きだ。 『意識』されたものではない。 その事が悔しく感じ、四賀はズイッと三角の方に詰め寄った。 「何?」 三角はキョトンとした顔で四賀を見上げる。 四賀はそんな三角の顎をクイっと持ち上げるとこう言った。 「お前って細っこい体してるよな。そんなんじゃ女とセックスできないんじゃねーの?」 「・・何、それ?」 三角の片眉がピクリと動き、不機嫌な表情になる。 「樹ってモテるみたいだけど、誰とも付き合わないじゃん。それって何か理由があるんじゃないの?今言ったみたいなさ」 三角はパンと自身の顎にあてらていた四賀の手を払い除けると冷ややかな瞳で四賀を見つめた。 「・・・今は特別に好きな人がいないから付き合わないんだよ。そんなことも大成はわからないんだ?」 「・・お前にとっちゃ誰だって同じだろ?お前が誰かを特別に好きになることなんてあるのかよ?」 「・・・どう言う意味?」 「お前は誰にでもいい顔するって言ってんの。逆に言えばお前は誰にも興味ないんだよ」 四賀は三角を睨みつける。 少しの間三角も無表情で四賀を見つめていたが、ふと気が抜けたように三角は笑った。 「・・ふふ、大成は愛されたがりだよね」 「はっ?!」 馬鹿にされたような気がして四賀はかっと顔が熱くなる。 「なんだよそれ?!」 「そうやってすぐ俺に絡んでくる。かまってほしいんでしょ?」 「っ!違っ!」 四賀がそう叫んだ時だった。 コンコンと生徒会室の扉を叩く音が響いた。 「はい?どうぞ」 三角は何事もなかったような涼しい声で返事をする。 ガチャリと扉が開き一人の女生徒が入ってきた。 「あの、三角君にお話があって・・今大丈夫かな?」 そう言ってその女生徒はチラリと四賀を見た。 どうやら三角と同じ三年生のようだ。 「うん、平気だよ。ほら、大成の用事は済んだでしょ?もうクラス戻ったら?」 三角はそう言いながら視線で外へ行けと四賀に訴えてくる。 四賀は「チッ」と小さく舌打ちをすると、扉を勢いよく開けて無言で外へ飛び出した。 「・・!?」 外に出た途端、四賀は息をのんだ。 目の前に立っていたのは最近よく会う人物。 和泉 宝だった。 「え・・和泉?」 宝も驚いたような顔で固まっている。 宝の話を聞くところによると、どうやら彼は自分を探していてくれたようだ。 しかも「一緒に帰りたい」と言ってくれている。 恥ずかしそうにそう言って下を向く宝を見ていたら、四賀は先程までの苛々とした気持ちがフッと軽くなるのを感じた。 自分のことを必要としてくれる。 それはささやかなものかもしれないが、四賀が滅多に得られることのできない「特別」な扱いだ。 それがこんなにも嬉しい事なのかと四賀は初めて実感した。 それなのに・・ 四賀は窓際の女生徒の席ににこやかな笑顔で着席する三角を見つめた。 あいつはいつもそうだ。 誰にでも良い顔をする。誰にでもだ。 どんな事をしたって、どんな事を言ったって、樹の中では何でもないことのように流されて留まることができない。 誰も樹の特別にはなれない。 それは従兄弟という立場の俺だって関係ない。 それなのに、俺は・・ 「四賀?」 宝は四賀がずっと黙り込んでるのが心配になり声をかけた。 「・・あっ・・悪かったな。あいつ余計なこと言ってきて」 四賀は少しバツが悪そうな顔をしてグラスの水をゴクリと飲んだ。 「えっ!いや、全然!むしろその・・助けてくれてありがとな」 宝は頬を少し染めながら恥ずかしそうに言った。 こいつ、反応がいちいち面白いよなぁ。 照れ隠しのためなのかコップで顔を隠すようにしてチビチビと水を飲む宝を四賀は見つめた。 「別に。お前のガキンチョな本性が他のやつに知れ渡ってもつまらないし」 そう言われた宝はコップをコンと机に置くと、今度は眉間に皺を寄せて四賀を睨みつける。 「なんだと!ガキンチョじゃねーし!!」 「そうやってムキになるところがガキンチョですー」 「う、うるせー!!」 「はは!」 (和泉とならこうやって自然に笑えるのに) 四賀は視線の斜め横から少しだけ見える三角の横顔を捉える。 窓際の席で高田という女子と朗らかに話していた。 四賀はその様子を見て宝に気付かれない程度に小さく舌打ちをした。

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