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第5話 ②

それから程なくして料理が運ばれてきた。 「うまーい!」 宝は勢いよくカツサンドにかぶりつく。 まるでここが喫茶店ではなくファストフード店にでもいるような雰囲気だ。 「学校の後腹減るからこれぐらいがちょうどいいー!いつも家まで保たないんだよー」 「お前学校から家まで何分くらいかかるんだっけ?」 「一時間くらいだよ。でも四賀もそれくらいかかるだろ?M市だよな、確か」 「まぁ、俺もそんくらいだな」 四賀の住んでるM市は高校のある町から見て南に位置している。宝が住んでいる場所は東に位置しているため帰りの電車は乗る方向がまったく別になる。そのため放課後は高校の最寄りで食べて帰るようにしていた。 「和泉はわざわざ何でこの高校に?やっぱ自分のことを知ってる奴がいない所に行って再出発するため?」 四賀はニヤニヤしながら宝に聞いた。 「そりぁ、まぁ・・そうだけど」 と、宝はモゴモゴとしながら答える。 「でもやっぱり、一番は完ちゃんがここにするって決めたからかなぁ」 「あぁ、さっきのかんちゃん?」 先程昇降口前で宝に声をかけてきた人物。 薄茶色の柔らかそうな髪に派手ではないが整った顔立ちをしていた。 四賀は先程初めて会った完路の顔をぼんやりと思い浮かべた。 「俺、完ちゃんのこと一番信頼してるんだ!完ちゃんのやることに間違いはないって感じ?だから完ちゃんがここにするなら、俺もそうしようって」 「はーん。ずいぶんとそのかんちゃんに入れ込んでるわけね」 四賀はどこか面白くなく、カツサンドについてきたポテトをガシガシと噛んだ。 「えっ、別に入れ込んでるわけじゃないし!俺達親友だし!」 「ほーん・・」 ますます面白くなくなり、四賀は宝から目を逸らす。 すると、少し間を置いて宝が口を開いた。 「・・でも、今は本当にこの高校にして良かったと思ってるんだよ・・その、四賀にも、会えたし・・」 「・・はっ?」 急に自分の名前が呼ばれ四賀はぽろりと手に持っていたポテトを落とした。 「俺、今まで散々小猿とか馬鹿にされてきたから。四賀はガキンチョってからかってはくるけど、俺の走りのこと認めてくれるだろ?それに、その・・今のままの俺でいいって言ってもらったのも、すごく嬉しかったし・・」 宝はそう言うと相当恥ずかしかったのか顔をリンゴのように真っ赤にして下を向いた。 四賀はなんだかこそばゆい気持ちになり、ごくりと唾を飲む。 自分のことに対して、こんなに好意的に話してくれるヤツは今までいなかった。 自分と会えて良かったなんて、言ってもらえたことももちろんない。 四賀もなんだか恥ずかしくなり、手で顔を隠して小さな声で「そうか・・」と答えた。 それから二人はどこかぎこちなくもしっかりと食べ終えると、喫茶店を後にした。 店を出る際に四賀が窓際にチラリと目をやると、まだ三角と高田は勉強をしているようだった。 宝に声をかけなくて良いのか?と聞かれたが四賀は大丈夫だと言ってそのまま店を出た。 雨はいつの間にか止んでいて、西日が雲の隙間からさしている。 四賀は湿った道路に目をやりながら、隣を歩く宝の気配を伺う。 宝は空を見ながら、「明日は晴れないかなぁ」と呑気な声を上げた。 「やっぱり部活ないとつまんねーか?」 四賀はもう用のなくなった傘をコツコツと地面にいわせながら聞いた。 「そりぁ、つまんないよ!思いっきり走りたいしさ!それに・・」 宝はそこまで言うとチラリと四賀の方を見つめる。そして、 「四賀に会えないのもつまんない」 と少し口を突き出してボソリと言った。 それはおそらく、四賀の中で何かが決壊するための最後の一押しだったにちがいない。 気がついた時には、四賀はグイッと宝の腕を掴み彼の唇に自分の唇を重ねていた。 突然のことで事態の飲み込めない宝がただ目をパチクリとさせている。 そしてソッと四賀が唇を離すと 「えーー??!」 と大きな声で叫んだ。 「な?!何!?何すんだよ?!」 宝は慌てふためく様子で、自身の唇に手を当てながら叫んでいる。しかしその雰囲気から嫌悪感は感じられない。 「・・なんか、和泉が可愛く見えたから・・」 四賀も無意識にしてしまった行為にどう言い訳して良いか分からず、仕方がないので素直な気持ちを言うことにした。 「はっ!?えっ?!可愛いって!?」 宝は顔を真っ赤にしてその場で立ち止まった。 「・・和泉、今のキス気持ち悪かったか?」 四賀も宝と向き合う形で足を止め、宝の瞳を見つめて聞いた。 「え?!いや・・その・・別にきもち、わるくは・・」 宝はだんだん小さくなる声でゴニョゴニョと答える。 顔を赤らめて目を逸らした宝の様子を見て、四賀はこう続けた。 「だったらさ・・俺達、部活がなくても毎日会える関係にならないか?」 「へ・・毎日会える関係??」 宝はキョトンとした顔で聞き返す。 「そう。部活っていう名目はいらない。会いたい時に会いに行く。特別な関係・・」 「それは、友達ってこと?」 宝はまだよくわかっていないような顔で四賀を見つめ返した。 「いいや。友達じゃ、足りないかな。俺はもっと和泉を独占できる関係がいい」 「ど、独占?!」 宝は驚いてますます顔を赤らめた。 「そう、和泉、俺と付き合ってよ。恋人として」 四賀は唇の端を少し上げながら言った。 それは四賀なりの緊張を隠すための仕草だった。 「・・・」 宝は顔を真っ赤にしたまま四賀を見つめる。 「和泉、俺のこと嫌いか?」 「き、嫌いじゃないよ!!た、ただ・・」 「ただ?」 「付き合うとか、よく分かんなくて・・友達と何が違うのかとか・・」 宝は右手で頬を擦りながら狼狽えるような顔で言った。 「・・じゃぁ、どう違うか俺が教えてやるよ。お試しってことでもいいし?なっ?付き合ってみようぜ?」 四賀は半ば強引に話を押し切る。 「・・う、うん・・」 宝はなんとなく納得したと言った様子でコクリと頷いた。 自分でも驚くような発言だ。 今まで・・ただ一人を除いて、誰かを特別に求めたことはなかった。 なのに、不思議と和泉 宝には欲が湧いた。 自分を求めてくれる特別な存在を、他の人間には譲りたくなくない。 そんな欲だった。

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