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第7話 ①

平日は毎朝六時にスマホの目覚ましをセットしている。 無機質なバイブレータが出す音で完路は気怠げに目を覚ました。 朝は強いほうではない。 「おはよう、おばあちゃん」 そう言って食卓を見ると、目玉焼きののったお皿が置かれていた。 「おはよう、完路」 祖母はハキハキとした足取りで台所を動き回っている。 もうすぐ七十歳になるが、老いは感じない。 「母さんもう仕事行ったの?」 「えぇ、今日は早番みたいよ」 そう言いながら祖母がご飯をつごうとしてくれたので、完路はその手をとって「俺がやるよ」と言って代わった。 祖母はよく完路の世話を焼いてくれる。 十歳から一緒に暮らし始めたが、今では祖母のご飯がすっかり家庭の味だ。 母の手料理を最後に食べたのはいつだろうか。 完路はそんな事をぼんやりと考えながら食卓に座ると、リモコンでテレビの電源をいれた。 『夜十時からスタートです!見て下さい〜!』 ニュースをやっているかと思ったが、どうやらエンタメコーナーのようだった。 今人気絶頂の美人女優が画面の向こうで手を振っている。 新しく始まるドラマの宣伝のようだ。 その女優の隣で、ベテラン俳優の男性が澄ました顔で立っている。 完路はその顔に気づくとすぐさま他のチャンネルに変えて食事を食べ始めた。 朝から嫌なものを見たな・・ そう思いながら祖母の焼いてくれた目玉焼きに塩をかける。 完路の家ではニュース以外の番組をあまり見ない。 そもそも祖母はラジオ派なので、完路がつけない限り殆どテレビの出番はなかった。 昔はあんなに食い入るように見ていたのに・・ 完路は口の中に放り込んだ玉子をごくりと飲み込んだ。 完路の家から最寄りの駅までは歩いて二十分ほど。 この町は歴史上の有名人の生家や所縁の地があり観光業にも力を入れているが、それでも平日はほとんど観光客を見かけることはない。 初めて完路がこの町の駅に降り立った時、 遊ぶ所は無さそうだけど静かそうな場所で良かった・・と思った。 しかしその考えはすぐ打ち消された。 祖母の家が見え始めた瞬間、小さな体で大きく手を振る宝に出会ったからだ。 ーー 「かーんちゃん!おはよう!」 完路が音楽を聴きながら歩いていると、後ろからポンと肩を叩かれた。 「おはよう、宝。今日は早いね?」 いつもなら完路が先に駅に着き、電車が到着するギリギリの時間に宝が走ってくるのが習慣化している。 「なんか目が冴えちゃってさ!俺今日5時には起きてたよ!」 「大丈夫?授業中眠くなるんじゃない?」 完路は耳につけていたイヤホンをクルクルと巻くとポケットにしまいながら聞いた。 「クールな俺は居眠りしないように心がけてるから大丈夫!それより来週から期末なのがヤバいよ・・完ちゃん勉強どう?」 「まぁまぁかな。今は全教科の要点まとめてるけど」 「・・!!完路さま〜!!」 「・・・わかってるよ。今日からくる?」 「ぜひ!お願いします!!」 そう言って宝はパンと両手を合わせてペコリとお辞儀した。 中学生の頃からテスト前になると、完路の家で勉強会をするのがお決まりになっている。 宝は成績はいつ頑張っても中の上くらいだが、高校に入ってからはなるべく上の下くらいを目指して頑張っている。 それも『クール』な自分を演出するためだという。 宝いわく、「クールな奴は頭もいい!」そうだ。 ホームで電車を待っている間、完路はふと思った事を聞いた。 「宝、四賀君と勉強しなくていいの?」 「えっ?!」 宝は完路の口から四賀の名前が出るとは思わなかったのか、裏返ったような声を上げた。 実際、付き合ってると言う話を聞いてから、完路の口からその事に触れたことはない。 なかなか・・触れる気にはならないからだ。 「試験期間中部活ないでしょ?四賀君と会う機会減るんじゃない?それに、今日から毎日俺ん家で勉強会するのも四賀君としてはいいのかな・・」 「へ?何が?」 「だって・・一応恋人が他の男の家に行くってことじゃない?」 「えっ?!だって完ちゃん家じゃん!!子どもの頃から行ってるじゃん!?」 「・・そうだけど・・」 「そんなの大丈夫だよ!!俺と完ちゃんの仲だよ?!四賀にだって邪魔させないって!!」 宝はそう言うとニッと笑った。 「あっ、電車きた!」 宝はホームに到着したワンマン電車にピョンと飛び乗る。 完路もその後に続き、二人で端の席に座った。 宝は昨日見たテレビについて嬉々として話していたが、少ししたら睡魔がきたのかコクンと船を漕ぐ。どうやら本当に五時起きだったのだな、と完路は思った。 「寝てていいよ。学校では寝れないでしょ」 完路がそう声をかけると、「うーん・・」とすでに寝ぼけたような返事をして宝はそのままスーっと眠りに落ちていった。 完路は流れる車窓を見ながら、隣で眠る可愛くも憎らしいその存在について考えた。 宝にとって俺は『親友』であって『男』ではない。 当たり前のことなのに、あまりにも意識されていなくて虚しくなる・・ ずっと、俺のことを『好きだ、憧れだ』と言い続けてきたくせに・・勝手に俺の中に入ってきて、勝手に自分の居場所を作ったくせに・・ なのに・・ なんで、俺じゃなくて他のやつが『特別』になるのだろう。 「・・うぅん」 宝の言葉になっていない寝言が聞こえた。 完路は横目でチラリと様子を伺う。 宝はムニャムニャと口を動かしたがまたスーと静かな寝息をたて始めた。 完路は指先で宝の少し跳ねた前髪をクリクリといじる。 こうやっていじっても起きる気配は全くない。 「・・ずっと、俺の隣にいればいいのに」 完路はボソリと小さな願いごとを呟いた。

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