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第7話 ②
「瀬野君」
お昼ご飯を買いに行こうと廊下に出た瞬間、後方から自分の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。
後ろを振り向くと見知らぬ女生徒が立っている。
「あの、今ちょっとお話いいかな?」
「・・少しなら。購買に行きたいので・・」
こう言った呼び出しにはあまり乗り気になれない。
しかしここで話も聞かずに断るのも彼女に失礼だと思い、完路は手に持った財布を見せながら言った。
完路と女生徒は人気のない場所へいくことにした。
移動している間、彼女は聞いてもいないのにニコニコと自分の自己紹介を始める。
「私三年の葉山 香奈美。テニス部に入ってるんだ!よろしくね」
「・・よろしくお願いします」
「ふふ、私一度瀬野君とお話してみたくって。入学してすぐにかっこいい子がいるなぁって思ってたんだよね!」
「・・そうですか」
見た目の話をされても完路はとくに動じない。
社交辞令のようなものだと思っているからだ。
宝がこの場にいたら「さすが完ちゃん!」などと言うだろうな、と完路は思い少し気持ちが和んだ。
そんな話をしているうちに目的の場所についた。そこは校舎の一番端の階段下で、非常口になる扉が真横にある。
つまり行き止まりであり、ここならよっぽどの用事がある人物しか通らないだろう。
「それで、話って・・?」
完路は早くこの用事を終わらせたくて先を促した。
「えへへ。あのね、瀬野君彼女とかいる?」
「・・いません」
何となくこの手の話だろうとは思っていたので、動揺は見せず完路は答える。
「よかった〜!あっ、別に私彼女にしてってお願いしにきたわけじゃないよ!でも瀬野君と仲良くなりたいなぁって思って。だからもし彼女がいたらそれはダメだろうと思って確認したかったの」
葉山はニコニコした表情で明るく言った。
完路は嫌な予感がした。
「仲良くって、なんですか?」
「お友達になりたいなってこと!瀬野君、H市からここ通ってるんでしょ?だから上級生の知り合いいないんじゃないかなと思って。上級生の知り合いが出来ると色々テストの事とか便利だよー!」
「・・・」
「ね?どうかな!?」
「・・・」
「あの・・」
ニコニコしていた葉山だったが、さすがに完路がずっと険しい顔で黙っているのが不安になったのか眉尻を下げて様子を伺った。
「あっ、そんな深く考えないでよー!付き合ってって言ってるわけじゃないよ?お友達になろうってだけなのに・・」
「先輩・・」
完路は葉山を見つめながら口を開いた。
「俺がH市から通ってるって何で知ってるんですか?」
「えっ、あ・・それはー」
葉山は目をキョロッと泳がせながら口籠る。
「あの、私テニススクールに通ってて。そこで瀬野君と同じ中学だった子と友達なんだよねぇ。学年は瀬野君の一個上だから知らない子かもしれないけど・・」
やっぱり・・
完路は小さくため息をつく。
「それで、その人から何か聞いたんですか?」
「あ、ちょっとだけね?でも別にミーハーなわけじゃないよ!?私は純粋に瀬野君の顔もタイプでお友達になりたいなぁって思って・・」
「先輩・・」
完路は葉山が話終わる前に言葉を遮った。
「お願いがあります。その聞いた話、他の人にしないでもらえますか?あまり知られたくないんです・・」
「・・え」
「それとも、もう他に誰かに話してますか?もしそうなら、その人達にもあまり噂されたくないって伝えてもらえないでしょうか?」
「あ、えっと・・」
「お願いします」
完路は葉山に向かって深々と頭を下げた。
まさか頭を下げられるとは思っていなかった葉山
は慌ててこう伝える。
「も、もちろん!!私口固いから大丈夫!信じて!」
「ありがとうございます」
それを聞いて完路は頭を上げた。
そして「どうぞよろしくお願いします」と言うと、完路はクルリと向きを変えて歩き出した。
葉山は黙ったままその背中を見送る。
友達になるかどうかの返事なんてとても聞ける雰囲気ではなかった。
完路が重い足取りで廊下を歩いていると、ポンと後ろから肩を叩かれた。
今はあまり誰とも話したくない。振り向くのをためらいながらも後ろに視線を向けると、宝が丸い瞳を上目遣いにしながら立っていた。
「完ちゃん、どうかしたの?」
「・・え?」
「あっ、いや。こっちの廊下歩いてるのも珍しいし。完ちゃんのクラスからだと購買行くにもここ通らないでしょ?それになんかいつもより猫背気味だなって思って」
「・・・」
「完ちゃん?」
宝は心配そうに完路の顔を覗き込む。
「・・いや、大丈夫だよ。ありがとう」
完路はそう言うとフッと力の抜けたような表情を見せた。
「・・そっか!」
宝もその顔を見て安心したのかニコリと笑う。
それじゃぁ『クール』に見えないよ、と宝に言おうかと思ったが、完路は宝の笑顔が見たくて黙っておくことにした。
宝に今会えてよかった。
どんなに冷えた気持ちでいても、宝といるとそれは優しく解けていく。
このままの宝でいてほしい。
完路は強くそう思った。
完路と宝は下駄箱で待ち合わせをして一緒に帰ることにした。
完路がホームルームを終えて向かうとすでに宝が靴に履き替えてスマホを見つめながら立っている。
「ごめん、お待たせ」
「!!全然!お疲れ様!」
完路に声をかけられると、宝はパッとスマホから目を離して元気よく答えた。
「四賀に『今日から完ちゃんと勉強するから期末終わるまでは一緒に帰れない』って連絡したら『りょーかい』って返事きた!たった一言だよ!ね!四賀全然気にしてないっしょ」
そう言って宝はスマホの画面を完路に見せた。
完路はあまり人の連絡のやり取りを見るのも悪いと思い、少し遠目に見つめる。
「・・うん、まぁ、それならよかったね」
完路は履き替えた上履きを靴箱にしまうと、じゃぁ帰ろうと宝に一声かけて歩き出した。
『りょーかい』
その無感情にとれる返事はどちらなのだろうか。
計りかねる四賀の気持ちの熱量に完路は少しの苛立ちを感じた。
「お邪魔しまーす!」
宝はそう言うとよく知る完路の部屋へと直行した。
「ちずちゃん今いなの?」
ちずちゃんとは完路の祖母のことだ。
宝にとっては自分の祖母の友人であり、小さい頃からこの家に祖母と一緒に遊びにきていてかなり親しい間柄でもある。
「そうみたいだね。買い物にでも行ったかな?それかお隣さんのところにいるのかも。よく差し入れ持っていって1時間くらい話し込んでくるから」
「そっか!じゃぁ帰ってきたら挨拶いこ!完ちゃんの家来たの久しぶりだよね!」
宝は完路の部屋の真ん中にドカリと胡座をかいて座った。
「あぁ、高校入ってからは宝部活忙しそうだもんね」
完路はそう言いながら部屋の隅に置いてあった折り畳みの机を持ってきて、宝の前に広げる。
中学生の時から勉強会のために使っている机だ。
もうだいぶこの机も狭くなってきたな・・と完路は広げてふと思った。
勉強に飽きた宝が居眠りをしてはこの机に突っ伏してヨダレを垂らしていたっけ。
あの頃から学校は煩わしい場所だったが、宝の隣にいる時だけは心穏やかでいられた。
それなのに、何故こんなことになってしまったのだろう。
今宝は自分の隣にいるけれど、それは期間限定のものになってしまった。
このテスト期間が終われば宝はまたあいつの元へ帰って行くのだろう・・
「完ちゃん?始める?」
宝が鞄からゴソゴソと教科書と筆記用具を取り出しながら聞いた。
「うん、まずは数学からね」
「えーーー!!」
「頭が働くうちに苦手なものからやった方がいいよ」
「はーい・・」
つまらなそうな返事を宝が返す。
完路はクスクスと小さく笑った。
この時間がずっと続けばいいのに。
完路はそう思いながら教科書を広げた。
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