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第7話 ③
テスト勉強会を始めて三日目になる日。
帰りのホームルームが終わり、宝が待つ下駄箱へ向かう途中完路は目の前にいる女生徒に気が付いた。
この間話しかけてきた葉山だ。
「あ、瀬野君!」
「・・こんにちわ」
完路は警戒の色を出しながら挨拶する。
「あっ、そんな不審がらないでよ!!あのね、瀬野君にちゃんと伝えなきゃと思って待ってたの」
葉山は眉尻を少し下げながらエヘヘと笑って言った。
「・・何ですか?」
「あの、きっと瀬野君は『あのこと』を知られるのが嫌なんだよね?この学校選んだのも地元から遠ければ知ってる人も少ないからってことなんじゃないかなって思って」
「・・・」
「それなのに私無神経に瀬野君にその話題振っちゃって・・本当ごめんなさい!!」
葉山は小さく頭を下げ、そして上目遣いで完路を見つめて言った。
「私、絶対他の人に話したりしないから安心して!その、一人だけ親友に言っちゃったんだけどその子にもキツく口止めしておいたから!!だからこれ以上広まらないから!!ね?」
「・・ありがとう、ございます」
完路は小さな声で答えた。
「俺個人の問題なのにすみません。その、お友達の方にもよろしくお願いしますと伝えて頂いていいですか?」
「!うん!もちろんだよ!!本当ごめんね!」
葉山は完路の返事に安心したのかパァッと笑顔になった。
「あのね、それでね、瀬野君と友達になりたいのは本当なんだ!!だからね、もしよければ連絡先教えて欲しいなって」
「え・・」
面倒くさいことになった。
あの話を広めないことを約束する、という話だけではなかったのか・・
正直よく知らない人間に連絡先を教えるのは気が乗らない。
ただでさえ彼女の目的が何か透けて見える状態なのだ。
でも・・ここで断って下手に逆上されたら意味がない。この高校生活では平穏を保っていたいのに。
「・・わかりました」
完路は意を決してスマホを取り出した。
「本当!!わーい!ありがとう!!」
葉山は嬉しそうに慣れた手つきで自身のスマホを操作し連絡先交換の画面を開く。
「瀬野君やり方わかる?ここ!ここの画面開いて」
葉山が完路の隣にピタリとくっつきスマホを覗き込もうとした瞬間
「完ちゃん?」
前から宝がキョトンとした顔で現れた。
「宝・・」
完路は咄嗟に葉山から少し距離を取ろうとした。しかし「あー、待って!」と葉山がグイッと完路の腕を掴み自分のスマホを完路のスマホにかざす。
「よし!交換オッケー!」
ピロンと連絡先が交換された確認の音が鳴る。
「瀬野君ありがとう!!後でまた改めて連絡するね!!」
葉山はそう言うとニコリと笑って廊下を駆けて去って行った。
その背中を完路は宝と呆然と見送った。
「完ちゃんなかなか来ないから迎えに来たんだけど・・」
宝がチラリと横目で完路を見つめる。
「あぁ、ごめん宝。今の人にちょっと捕まっちゃって・・」
「いや、そっか。なにかトラブルがあったとかじゃないならいいよ!さ、帰ろう!」
宝はそう言うとクルリと向きを変えて下駄箱のある方へ歩き出した。
完路もその後を続く。
しかし、いきなりピタリと宝の動きが止まった。
「宝?どうしたの?」
そう聞きながら前を見ると、四賀が男子生徒とちょうど靴を履き替え帰るところだった。
四賀と一緒にいる生徒には見覚えがある。
入学式で在校生代表として挨拶していた生徒会長だ。確か名前は・・
「四賀!三角先輩!」
完路が三角の名前を思い出すよりも先に、宝がそう叫んで二人の元へ駆けて行く。
「こんにちわ、和泉君も今帰り?」
三角は朗らかに笑いかけながら宝に聞いた。
「あ!そうです。えぇと、はい・・」
宝はクールなふりをし忘れていたことを思い出したのか、語尾が小さくなった。
にこやかに笑う三角の隣で四賀が不貞腐れたような表情で立っている。
「和泉、お前勉強会はどうしたの?」
四賀はチラリと宝を睨みながら聞いた。
完路はその様子にふと違和感を抱く。
噂で聞く爽やかな四賀 大成とは雰囲気が違うような・・これが宝と一緒にいる時の四賀?
そんなことを思っていると、宝がグイッと完路の腕を掴んで言った。
「今日もするに決まってるだろ。ちょうど今完ちゃんと帰ろうとしてたところ」
「・・ふーん」
四賀は値踏みするような目で完路を見た。
その視線は明らかに爽やかな人間の放つものではない。
「和泉君のお友達?」
するとそんな空気を読んでか読まずか、三角が和やかな口調で割って入ってきた。
「あ、そうです。俺の親友の瀬野 完路です」
宝が極めて落ち着いた口調で答える。
クールなふりをしている宝はなんだか意地らしくて可愛く見える・・
完路は隣で小さく微笑みそうになるのを堪えて、三角に小さく会釈をして挨拶をした。
「初めまして、瀬野です。宝とは家も近所で・・小学校からの友人です」
「ふふ、そうなんだ。二人雰囲気似ているね。親友なのも頷けるな」
三角がニコリと言うと、四賀はますます面白くなさそうな顔をする。しかし完路がそれをじっと見ている事に気がつくと、少し取り繕うかのような笑顔で言った。
「いつも和泉が世話になってるみたいで、ありがとうな!」
一体どの立場でものを言っているんだ・・
いや、彼氏という立場か・・
完路は密かに取られたマウントに苛つきを感じたがグッと堪える。
「あの、二人は今から一緒に帰るんですか?」
宝が遠慮がちに口を開いた。
「うん、そうだよ。俺達の家も近くだからね。あっ、俺と大成は従兄弟なんだ。親戚中みんな近くに住んでいてさ」
従兄弟同士であるという説明は完路になされたものだろう。
この生徒会長と四賀が従兄弟ということは初耳だった。
完路はチラリと隣の宝を見る。
驚いた様子がないことから宝はもとから知っているようだなと、完路は思った。
「俺達も勉強会しよっか大成?日本史苦手でしょ?」
三角は覗き込むように四賀に言う。
「えっ・・」
その言葉に誰より先に反応し、声を出したのは宝だった。
「あっ、いや。その・・」
宝は思わず出てしまった声を何とか誤魔化そうと頭をかいた。
しかしそんな宝の焦りを無視するかのように四賀が答える。
「・・そうだな。俺達も勉強会しようかな。頼むよ樹『先輩』」
「先輩なんて思ってないくせに」
三角はふーっと軽く息を吐くと
「じゃぁお先に。二人とも気をつけて帰ってね」と手のひらを見せて言った。
そしてクルリと向きを変えて歩き出す。
「・・じゃぁな」
四賀もそれに続くように小さな声で別れの言葉を言うと三角の後をついて出て行った。
「・・・」
「・・・」
完路は残された宝に目をやる。
宝の瞳はどこか不安そうな影を落としていた。
こんな顔を宝にさせるなんて・・・
完路は小さくなって行く四賀の背中を無意識に睨みつけた。
ーー
「あー。疲れた!ちょっと休憩!!」
宝はそう言うとパタリとカーペットの敷かれた床に倒れ込む。
勉強会を始めてちょうど一時間が経とうしていた。
「これ、おばあちゃんが宝が好きそうなお菓子置いといてくれたよ」
そう言って完路は祖母が用意してくれていたお菓子を机の上に並べる。
「さすがちずちゃん!!今日も帰り遅そうなの?」
「今週はこの先ずっと夏祭りの話し合いで公民館だって」
「へぇ、そっか!お祭り楽しみだなぁ」
宝はニコニコと笑いながら体を起き上がらせると、机のお菓子に手をつけながら自分のスマホを見つめた。
「・・・」
宝は画面にじっと目をやり無言のままため息をつく。
「・・四賀君から何か連絡あった?」
「え?!あっ、ううん。なーんもない!今頃四賀も三角先輩に勉強教えてもらってるんだろうし!」
「三角先輩と四賀君て・・・仲良いの?」
完路は一瞬この話題を出すべきか迷ったが、先程の宝の不安そうな横顔が気になり聞いてみることにした。
「あっ、どうだろうね。従兄弟だし。やっぱりなんか・・友達とは違うよね距離感とかさ!」
宝はわざとらしく笑顔で答える。
「三角先輩といる時の四賀は、すごく自然な感じっていうか・・多分俺より三角先輩の方が四賀のことわかってるし、四賀も楽しそうに見えるっていうか・・」
「・・・」
宝がだんだん自信なさげに下を向いて言うので、完路はどう答えるべきか考え黙り込んだ。
すると宝が聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でボソリと言った。
「・・なんか、俺達って本当に恋人なのかな?」
「えっ・・」
「俺、友人と何も変わらない気がするんだ・・四賀にとって俺よりも三角先輩の方がずっと特別な存在に感じるし。このままだとやっぱり友達のままでいいやって言われるんじゃないかって・・」
「・・・」
宝がそこまで四賀のことを真剣に想っていることに完路は驚いた。そして、そんな宝の気持ちをおそらく知りもしないで過ごしている四賀に醜い嫉妬心が沸いてくる。
しかしそんな完路の心情など他所に宝は突然思いもよらない言葉を発した。
「ところで完ちゃんはさ、さっきの女子と付き合うの?」
「・・え??」
あまりにも思いがけない発言に完路は目を点にして返す。
「あっ、だってさ、完ちゃんが女子と連絡先交換してるのなんて珍しいからさ!」
「あぁ、それは・・・」
面倒くさいことになりそうだったから断れなかった・・という話をしようとして完路は口を閉じた。
きっとこの話をしたら宝はまた心配そうな顔で覗き込んでくる。
宝に弱いところは見せたくない。
「まぁ、明るい先輩だったから・・連絡先の交換くらいはいいかなって・・」
「!!えー!!それってつまりちょっと気になるってこと?!」
宝は目をキラキラと輝かせて聞いてきた。
「完ちゃんがそんなこという人初めてじゃん!!」
「・・いや、そういうわけじゃ・・」
「でもちょっとはいいなって思ったから教えたんでしょ?」
「・・・」
この話題を広げたくない・・そう思って完路は口をつぐんだ。
しかしそんな完路の様子などお構いなしに宝は続ける。
「俺、完ちゃんと恋バナみたいなことしてみたかったんだよね!完ちゃんモテるのに誰とも付き合わないからあんまり興味ないのかなって思ってたし・・」
「宝だって・・そういう話しなかったじゃん」
「えっ、だってそれは俺全然モテないから、なんかもう恋愛する気も起きなかったというか・・」
「・・つまり宝は自分のことを好きだって言ってくれる人がいたら、恋愛する気だったの?」
「そりゃぁ、好きだって言われたら嬉しいでしょ?」
そこまで聞いて完路はフゥと小さくため息をついた。
なるほど。
宝が四賀に夢中な理由は、初めて自分に好意を伝えてくれた人物だからか・・
完路が軽く頭を押さえて下を向いていると、宝はモジモジとしながら口を開いた。
「あのさ、俺、どうやったらもっとずっと付き合っていたいって思ってもらえるような人間になれるかな・・」
「・・は?」
完路は思わず頭を抱えたまま宝を見つめる。
宝は下を向いたまま恥ずかしそうに小さな声で続けた。
「俺、さ・・この間四賀と、その・・キスはしたんだけど上手くできなくて・・そんで四賀に・・キスの後の事とか今はする気にならないって」
「・・・」
「じゃぁ・・どうやったらする気になるのかなって考えたんだけど全然わかんなくて・・俺がキスくらいで緊張して固まっちゃうのがいけないのかな。もっと慣れて上手になれば四賀もそれより先もやりたくなるのかな・・」
完路は恥ずかしそうに下を向いている宝を見つめた。
こんな、何も知らなそうな顔であいつとそんな話をしたのか。
その、昔から大口開けてお菓子を食べていたその口であいつとキスをしたのか。
俺がいたのに・・ずっと宝を好きだった俺がそばに居たのに・・
なんで、あいつが先に持っていくんだ。
俺の方がずっと昔から好きだったのに・・
このままあいつに・・全てを持っていかれるなら・・
「じゃぁ・・慣れてみる?」
完路はモジモジとしている宝の手を取ってボソリと言った。
「・・へ?」
宝が気の抜けた返事をしたと同時にその口は完路の唇によって塞がれる。
「?!」
宝は何が起こったのか分からずバタバタと手を動かし完路の腕を掴んだ。
そのまま完路の身体を押し返そうとしたがびくともしない。
完路は唇を重ねたまま宝へ覆い被さるように身体を重ねて倒れ込む。
ドサリと音を立て、宝は再びカーペットの敷かれた床へ仰向けに寝転ぶ形となった。
先程と違うのは、上に完路が乗っておりまったく身動きがとれないことだ。
「・・ふ・ぅぅん、かんちゃ・・」
宝はなんとか唇の隙間から声を出そうとする。
しかしその離れた唇の間に完路の温かな舌がするりと入り込んで再び宝の口は塞がれた。
「・・っ・うん・・はぁ・・」
二人の小さな吐息のもれる音が部屋に響く。
宝はキュッと目を瞑り、完路のされるがままに身を任せた。
それから少しして完路はソッと宝から唇を離すと、自らの掌で宝の口端から漏れた涎を拭った。
「・・かんちゃん・・なんで?」
宝は呆けた表情で完路を見つめながら聞いた。
「・・だって、慣れたいって言ったの宝でしょ?だから俺が慣れさせてあげる・・そしたら次に四賀君とこういう事になった時も固くならずに済むんじゃない?」
完路の瞳はじっと宝を捕らえる。
「そ、それは・・・!あっ・・」
反論しようとした宝だったが、完路に首筋を吸われ思わず高い声をあげる。
「や・・!まっ、て・・」
「宝、体が強張ってる。こんなんじゃ四賀君その気にならないよ・・」
完路はそう言いながら宝の着ているポロシャツの下に手を滑り込ませた。
「・・?!」
ヒヤリと冷たい完路の掌が肌に触れ宝は思わず息をのむ。
完路は自らの細い指先で宝の脇腹辺りから上に向かってなぞると、そのまま小さな突起を指先で摘んだ。
「ぁ・・・」
宝は小さな声で快感を拾う声をあげる。
「・・ここは、四賀に触られたことあるの?」
「!?あるわけないだろ!!やだ!かんちゃ・・ん・・」
完路はその返事を聞くと、再び宝の唇を塞ぎ両の手で宝の乳首を優しく摘んだ。
「・・!っ・・ふ・・ぁ」
宝は重なった唇の端で小さく吐息を漏らした。
くりくりと完路の指先が宝の乳首をなぞり、その動きによって宝のそこは、少しずつ膨らみを見せ始める。
初めての刺激にどうしたら良いのか分からず、宝は腰のあたりがジンジンするのを感じて思わず完路の服を掴んだ。
完路は宝の唇から自身の唇を離すと、そのまま下の乳首へと移動する。
舌先で膨らんだ箇所を舐めると、「あっ・・」と宝の甘い声が漏れた。
気がつくと宝の下半身が浮き上がっている。
完路は舌先で乳首を舐めたまま、片方の手で宝のスラックスのチャックをゆっくりと開けた。
「え・・あっ!まって・・」
宝は慌てて止めようとしたが、完路に上に乗られているし、そもそも腰から下の力がうまく入らない。
「宝、勃ってる・・感じてるんだね」
完路はチャックの間から盛り上がっている宝のそこを優しく撫でた。
「・・!!やだ!っ・・」
宝は恥ずかしさのあまり目をキツく閉じる。
「宝、大丈夫だよ。落ち着いて・・慣れるんでしょ?」
完路はそう言うと優しく宝の頭を撫でた。
「な・・慣れる?」
宝は完路の雰囲気が柔らかくなったのを感じでソッと目を開けると完路を見つめた。
「そうだよ。これは慣れるためのものだから。宝の身体が緊張して硬くならないように。慣れていれば四賀とセックスする時だってうまくいくよ」
「・・・」
完路の口から『セックス』という言葉が出てくるとは思わず宝は息を飲んだ。
「だから宝、俺に任せて・・」
完路はそう言うと再び宝の下半身を優しく触り始めた。
宝は完路の考えや行動に絶対的な信頼を寄せている。
『俺に任せて』
こう言えば宝は完路に従うだろう。
それを完路は分かっていた。
案の定、宝はそれから何も言わなくなった。
ただ完路の与える快感に身を委ねるだけだった。
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