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第8話 ①

完ちゃんと初めて会ったのは十歳の時。 近所に住むばあちゃんの友達、ちずちゃんの所に孫が帰ってくることになった。東京で暮らしていたらしく、ちずちゃんも一回しか会ったことがないらしい。 そんな都会育ちの人間がいきなりこんな田舎の町で暮らし始められるのだろうか?! ちずちゃんとうまくやれるのだろうか? 今思えば、あの頃の俺は都会への偏見を持っているガキンチョだった。 東京育ちのやつはこんな山に囲まれた場所じゃ、すぐに帰りたいと泣きべそをかくと思っていた。 最初から会ったこともない完ちゃんを弱い人間だと決めつけていたのだ。 だから、まずは俺がこの町の子供代表として味方になって助けてやるんだ!なんて意気込んで完ちゃんと完ちゃんのお母さんが到着する日はちずちゃんの家の前で仁王立ちで待っていた。 ーーー ちょうど夏休みの最中だった。 ジリジリと日差しが身体中を刺してくる。 宝は額に汗を流しながら、ジッと曲がり角を見つめていた。 (暑いなぁ、アイス食べたい・・) そんなことをふと思った瞬間、角から人影が二つ現れた。 スラっとした長身の女性と、その隣を歩く自分と同じくらいの年齢の少年。 (きっとあいつがちずちゃんの孫だ!) 宝はそう思い全身を使って大きく手を振った。 「おーい!!!こっちこっち〜!!」 そんな宝の声に、伏し目がちに歩いてた少年が顔をあげて目を丸くさせていた。 今日から俺はお前の味方だ!! そんな思いを込めて宝は手を振った。 完路と完路の母親、そしてちずと宝は顔を合わせるようにダイニングテーブルに座った。 しかし明らかに宝の存在を完路の母親は訝しんでいる。 横目で宝をチラリと見ながら 「なんでお母さんのお友達のお孫さんがわざわざ来るの?何か聞いてきたんじゃないの?」 とちずに聞いた。 「宝はそんな子じゃないよ。完路と友達になろうっていうんで来てくれたんだ」 ちずはお茶を啜りながら答える。 「・・そう。なら、完路、宝君にこのあたり案内してもらってきなさい。お母さん、おばあちゃんとお話しがあるから」 完路の母親はそういうと、宝の方を向いて続けて言った。 「お願いできる?宝君」 完路の母親は宝が今まで会ってきた女性の中で一番かというくらいの美人だった。自分の母親とは全然違う。 そんな女性に見つめられ宝はドキリとしながら答えた。 「は、はい!がんばります!」 ガラリと玄関の扉を開けると、さっきよりもさらに気温が高くなっているようだった。 頭の上から注がれる太陽の光が肌を焼けつけてくる。 先程からほとんど口を開かない完路を宝はチラリと横目で見た。 年齢は同じらしいが、身長は宝より10センチほど高い。 遠くの景色を見つめる瞳も、その瞳を囲む睫毛も洗練されているようで煌めいて見える。 薄い茶色の髪の毛は真夏の日差しに透けてますます明るい髪色にうつった。 (か、かっこいい・・!都会のやつはやっぱり違う!!) 宝がジッと見つめていると完路は少し眉尻を上げて口を開いた。 「なんか、俺の顔についてる?」 「え?!いや!!全然!スッゲーかっこいいやつが来たなって思って!」 宝は慌てて顔の前で両手を振りながら答える。 「・・そう」 完路はそう言うとまた遠くの景色に目をやった。 その様子に宝は思わず感動を覚える。 (す、すげ〜!!俺だったら自分が『カッコいい』なんて言われたら浮かれてテンション上がっちゃうなのに・・めちゃくちゃクール!!これが本物の都会のイケメン!!!?) 宝はそのクールさにドギマギとしながらも会話を続けた。 「あっ!じゃあさ、とりあえずこの辺りの有名なところ案内するな!」 「・・よろしく」 (返事も一言!クール!かっけー!) 宝は心配していたことなどすっかり忘れて、初めて会った都会育ちの完路の放つ雰囲気に魅せられていた。 それから二人は町の観光名所を回って歩くことにした。暑いのでできたら自転車で回りたいところだが、完路の自転車はまだ引っ越しの荷物に紛れていて届いていないらしい。 「あっ、ここ!ここはなんか有名な人の生まれた家なんだって!」 宝は古い造りの家が並ぶ路地の中で、石碑のようなものが家の前に立っている場所を指さした。 この辺りは歴史好きにはたまらない場所らしいのだが、宝はまだあまり日本史に詳しくなく『歴史上のすごい人』が多く生まれた町だという認識しかない。 「えぇと、なんて人の家だったかなぁ」 宝は家の前に立つ案内板をじっと見つめる。 しかしかなり細かい文字と多くの漢字で詳しく書かれており、読んでいてもさっぱり意味が理解できない。 「あぁ〜ダメだ!とにかくすごい人だってことはわかるんだけど、ちゃんと説明できなくてごめん!」 宝は頭をかきながら完路に向かって頭を下げる。 すると完路は案内板に目を通しながら涼しげな声で答えた。 「大丈夫だよ。俺、この人のこと知ってる。ドラマで見たことあるから・・」 「へ?ドラマ?」 「そう。歴史物のドラマ。夜やってるでしょ?それでこの人が主人公のもの見たことあるよ」 「ぇええー!すごいな!俺そういうドラマ見たことないよ!いっつも母ちゃんが好きなドラマ一緒に見るだけだもん!」 「別に、たまたま見てただけで・・すごくない」 完路は自分の足元の影を見つめながら言った。 「すごいって!!俺なら最初からわかんなくて見ようとも思わないよ!クラスでもそう言うドラマの話するヤツいないし!やっぱりお前かっこいいな!!」 宝はキラキラとした瞳で完路を見つめる。 完路はそんな宝の視線に少し躊躇うような表情を見せた。 「あっ、名前『かんじ』だよな!えっと前の学校であだ名とかあった?なんて呼べばいい?!」 「・・あだ名はなかった。普通に名字で呼ばれてたけど・・」 「えー、そっかぁ。でも俺お前と仲良くなりたいしもっと呼びやすい呼び方がいいなぁ・・」 宝は少し考えてからポンとわかりやすく手のひらを叩いて閃きの合図をした。 「かんちゃん!!かんちゃんって呼んでいい?!」 「・・かん、ちゃん?」 完路は明らかに嫌そうな顔をする。 「うん!かんちゃんって呼びやすいし仲良い感じがする!な!かんちゃん!」 完路の了承を得ぬまま、宝の中では完路の呼び方はかんちゃんで決定したようだ。 完路は観念したのか、はぁと小さなため息をつきながら「わかった。いいよ」とボソリと答えた。

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