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第8話 ②
それから夏休みが明けて、完路は宝の小学校に転校生としてやってきた。
四年生は三クラスあるので、宝は完路と同じクラスになれるか不安だった。
そのため、担任の教師に続いて完路が教室に入ってきたのを見た時には思わず「かんちゃん!!!」と大声で叫ぶほど宝は喜んだ。
完路は学校でもクールだった。あまりクラスメイトとも喋ろうとはしない。
その雰囲気に、クラスメイト達も近寄り難いのか完路に積極的に話しかけにいくものは少なかった。
「かんちゃん!」
宝だけが笑顔で話しかけに行って、一方的に話し続ける。
「かんちゃん!聞いてよ!俺昨日夏休みの間育ててたキュウリを食べようと思ってね!収穫しようとしたんだ!そしたらなんかシワシワになってて」
「しわしわ?」
「そう!!シワシワのしなしな!」
「それは・・食べれたの?」
「いや、母ちゃんが病気かもしれないからって」
「・・・そっか、それは残念だったね」
「!!そうなんだよ!!俺すごい楽しみにしてたのに!根から病気かもしれないから植え替えようって言われて!せっかく種から育てたのに・・」
宝はがっくりと肩を落とす。
「他に、何か植えてないの?」
「あとは、トマト。でも俺トマトはそんなに好きじゃないし・・」
「・・じゃぁ、そのトマト、俺が食べたいな」
「へ?!トマトだよ?」
「俺はトマト好きだし。和泉が一生懸命育ててるんでしょ?きっと美味しいと思うよ」
「・・!そっか!じゃぁトマト大きくなったらかんちゃんにあげるな!」
「うん、ありがとう」
完路は表情こそ乏しいが、いつも優しく思いやりのある言葉を返してくれる。
その様子を他のクラスメイト達も見て、少しずつ完路に話しかける者が増えていった。
そうして完路はクラスに少しずつ馴染んでいった。
しかし、完路が転校してきて二週間ほどがたったある日。
クラスメイトの一人が朝登校してくるなりこう言った。
「なぁなぁ!瀬野の父ちゃんって槙野遼って本当?!」
その一声に教室中がざわめきだつ。
「えっ!そうなの!!」
「えー!!すごい!!」
「まじかよ!!芸能人?!」
「槙野遼って今ドラマ出てるよね?!」
「うちの母ちゃん大好きだよ!」
クラスメイト達が盛り上がる中、当の本人である完路はただじっと席に座っていた。
そしてその隣で、完路に庭で育てたトマトの話をしていた宝はポカンと口を開けて聞いている。
「なぁなぁ!瀬野!本当?」
先程、教室に入るなり爆弾のような一言を投げてきたクラスメイトの男子生徒が完路の机にきて聞いた。
「俺の姉ちゃんが噂で聞いたって言っててさ。瀬野の母ちゃんも芸能人だったんだろ?!」
「・・・」
完路は机を見つめたまま黙っている。
「なぁ、瀬野!!」
男子生徒がしつこく聞こうとしたその時、
「そうだよ」と完路は小さな声で答えた。
「たしかに・・父さんは槙野遼だけど。でももう離婚してて関係ないし・・母さんももう芸能界の仕事してないからなんの繋がりもないよ」
完路は男子生徒の方をじっと見つめながら、表情を崩すことなく言った。
「あっ・・そうなんだ・・」
男子生徒は離婚しているという言葉になんと答えていいのか分からず、それだけ言うと完路の側をそそくさと離れていく。
宝はこの騒ぎの中でも顔色一つ変えない完路を見つめて思った。
(かんちゃんは・・本当にかっこいいな)
完路の両親が芸能人だったこと、そして離婚していること、宝も初めて聞く話だった。
『槙野遼』という俳優のことは知っているが、宝には特にテンションの上がる人物ではない。
母が見ていたドラマに出ていたなぁ・・というくらいの認識だ。
それよりも、どんな時でも冷静でどんな境遇にあっても自分を崩さず感情を表に出さない完路の姿がかっこよく見えた。
しかしそれと同時に心配にもなった。
(かんちゃんは悲しくなった時、ちゃんと泣けるのかな・・)
「かんちゃん!一緒に帰ろ!」
宝は下駄箱で上履きに履き替えてる完路に声をかけた。
「和泉、今日掃除当番は?」
「そっこーで終わらせてきた!!」
宝はそう言って親指をぐっと上げて見せる。
「朝話したトマト!かなり大きくなったからうちに採りに来てよ!絶対美味いから!」
「・・うん、じゃぁ行こうかな」
「!!おう!!」
宝は元気よく返事をすると大股で歩き出した。
完路もその後をついて行く。
しかし、すぐに後方からの声に呼び止められることとなった。
「瀬野君!ちょっといい??」
振り向くと上級生と思われる女子生徒が二人立っていた。
二人は興味津々といった顔で完路を見つめている。
「ねぇねぇ!瀬野君芸能人の息子って本当!?」
「お父さん槙野遼なんでしょ!すごいね!」
「あ〜たしかに似てるかも!!瀬野君もイケメン〜!」
彼女達は瀬野の返事など待たずに、テンション高く話し始めた。
「お母さんも芸能人だったんだよね!すごーい!」
「お母さん何してたの?女優さん?歌手?」
「瀬野君も他の芸能人に会ったことあるの??」
「っていうかなんでこの町引っ越してきたの!?」
「・・・」
突然の不躾な質問に戸惑っているのか、完路は何も言わずにジッとただ立ち尽くした。
「ねぇねぇ!瀬野君!今度瀬野君のお家遊びに行かせてよー!」
「あっ!行きたい行きたい!!」
「ね!瀬野君、私たちとお友達になろうよ!!」
そう言って一人の女生徒が完路の前に手を差し出す。
しかし・・
その手は大きな音をもって宝に弾かれた。
「痛!!!!」
手を弾かれた女生徒が叫ぶ。
「ちょっと!何すんの!」
もう一人の女生徒はキッと宝を睨みつけた。
しかし、宝も臆することなく睨み返しながら叫んだ。
「何が友達だよ!!あんたらが友達になりたいのは芸能人だろ!かんちゃんじゃないだろ!!」
「はぁ?!何言ってんの?」
「あんたらはかんちゃんのお父さんやお母さんのことしか興味ないんだろ!それなのにかんちゃんと仲良くしようなんて、かんちゃんのことバカにするなよ!!」
「べ、別にそんなつもり・・」
女生徒が口籠るのを見て宝は畳み掛けるように続けた。
「かんちゃんはな!めちゃくちゃかっこいいんだぞ!!親が芸能人でもそうじゃなくても、かんちゃん自身がめちゃくちゃかっこいいんだ!!かんちゃんのことをちゃんと見てないやつが、かんちゃんの友達になる資格なんてないからな!」
「・・・」
宝のあまりの勢いに女生徒達は黙りこむ。
シンと一瞬静まり返った空間に、ポンと完路が宝の肩を叩く音が響いた。
完路は宝の肩に手を置きながら
「・・もういいよ。ありがとう」
と小さく呟いた。
「かんちゃん・・」
「帰ろう、和泉」
完路はそう言うと校門の方へ向かって歩き出した。
「う、うん・・」
宝もその後を急いでついていく。
残された女生徒達は何も言わずにその場に立ち尽くしていた。
まだジリジリと日が高く、蝉の鳴き声もやまない通学路を二人は無言で歩いた。
宝はチラリと完路の様子を伺う。
「あ、あのさ、かんちゃん・・」
「何?」
宝はゴクリと唾を飲み込むと、ランドセルの肩ベルトをギュッと掴みながら続けた。
「俺は、初めて会った時からかんちゃんかっこいいなって思ったんだ。俺にはないものいっぱい持ってるって言うか・・」
「・・・」
「だから俺はかんちゃんともっともっと仲良くなりたい。かんちゃんと友達になりたいんだ」
宝はそう言うと足元へ視線を落とす。
どう答えが返ってくるか不安で、完路の顔は見れなかった。
そんな宝を見て完路はぽつりと言った。
「・・わかってるよ」
「・・え?」
「というか、俺たちもう友達でしょ?」
「・・!!うん!!」
宝は完路の言葉に嬉しそうに頷く。
それから少し間を置いて、宝はバッと両手を広げた。
「かんちゃん!!もしかんちゃんが泣きたい時があったら俺のところ来いよ!」
「・・え?」
「かんちゃんはかっこいいから、泣くなんてあんまりしないと思うけど・・でも嫌なことや悲しいことはかんちゃんにだってあるだろ?もし嫌なことがあってちずちゃんやおばさんに泣いてるところ見られたくなかったら、俺んところにきて泣いて良いからな!」
宝はフンと鼻息を鳴らしながら小さな身体で大きく両手を開いて立っている。
その様子を見て完路は最初ポカンとしていたが、少しして小さく肩を震わせながらクスクスと笑いはじめた。
それは宝が初めて見る完路の笑顔だった。
「フフ、かっこいいね和泉」
「えっ!!俺がかっこいい?!」
言われ慣れていない言葉に宝は本気で驚く。
「うん、すごくかっこいい」
「う、うわぁ。かんちゃんに言われたらめちゃくちゃ照れるな・・」
宝は恥ずかしそうに鼻を指先で擦った。
「・・和泉」
「うん?」
「ありがとう・・」
「お、おう!!」
宝は少し得意そうにニコリと笑って応えた。
完ちゃんが・・今までどんな気持ちで過ごして来たのかなんてあの時の俺には想像もつかなかった。
ただ、完ちゃんに伝えたかったんだ。
俺が友達になりたいのは『芸能人の息子』じゃなくて『瀬野 完路』だってことを。
あの頃からずっと変わらない。
かんちゃんはカッコよくて、強くて、優しい。
俺の憧れの人だ・・
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