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第11話
テストの出来に関して言えば散々だった。
その理由は自分でもよく分かっている。
けれど・・今気にするべきことは来週から続々と返ってくるテストの点数ではない。
「和泉!」
下駄箱へ向かう途中、宝は久しく聞いていなかった声に呼ばれて振り向いた。
四賀が爽やかな笑顔を向けて駆け寄ってくる。
「やっとテスト終わったな!どうだった?」
ここは同級生もたくさん歩いている学校の廊下なので、四賀は爽やかモードのままで聞いてきた。
「・・・」
宝はそんな作られた笑顔の四賀をじっと黙って見つめる。
「・・何?俺の顔に何かついてる?」
宝がいつもと雰囲気が違うことに気づき、四賀は訝しげに聞いた。
「・・別に。テストの出来は・・微妙かな・・」
宝は四賀から視線を外すと口数少なく答える。それは決してクールなふりをしてそうなったのではない。
四賀とどう会話をすればいいのかわからなくて言葉がうまく出てこなかったのだ。
『あの日』から一週間がたった。
身体の痛みはなくなったし、ずっと下腹部に残っていた違和感も消えてきた。
けれど、心に残ったしこりはずっと形を持ってそこに存在している。
あの日、二人が火照った熱を出しきり果てた後、完路はほとんど喋ることなく宝の身体を拭いてくれた。
宝は身体の痛みを我慢してグッと起き上がろうとしたが力がなかなか入らない。
仕方がないのでそのまま横になって完路が拭き終わるのを待った。
それから少しして宝はなんとかヨロヨロと起き上がると、無言で広げたままの勉強道具を鞄に詰めた。
完路はその様子を見ながら「送るよ」と小さな声でボソリと呟く。
宝も「ありがとう」と消えそうな声で返事をした。
外に出て完路の家をそっと見上げる。
今まで当たり前のように来ていたはずなのに、知らない場所のように感じた。
ここで、さっきあんなことをしたのか・・
宝はチラリと隣の完路を見つめた。
完路は何の感情も持ち合わせていないような顔で立っている。
もともと無表情な方だが、それでも今までは完路が何を思っているのか宝には何となくわかっていた。
けれど・・今は全くわからない。
なんであんな事になってしまったのか、その事についてどう思っているのか、本当は聞きたくて仕方がない。しかし、完路のこの無の表情がそのことには触れるなと言っているように思えた。
それから二人は無言で宝の家へと向かった。時々完路がチラリと宝の様子を伺う。
痛みで宝の足の動きが鈍いことを気にしているのだろう。
しかし腕や肩を支えるようなことはしてこなかった。
宝の家が見えてきた瞬間、完路はぴたりと足を止めた。
「あっ、完ちゃん・・その、ここまでありがとう・・」
宝はここで別れるのかと思い声をかける。
・・このまま何も触れずに別れていいのだろうか。
何か言わないと、この先の完路との関係が変わってしまうのではないだろうか。
「あっ、あの!」
「宝・・」
宝が何か言おうとした瞬間、同じタイミングで完路も口を開いた。
「えっ・・」
宝は思わず黙り込む。
「宝、もうこれからは勉強、一緒ににしなくて大丈夫だよね」
「え・・」
「土日は一人でしっかり勉強して、テスト頑張って」
「あっ・・うん・・」
「・・・」
「・・・」
何か言わなくては・・宝は焦る心で完路の顔を見ようとした。しかし冷め切ったような瞳の完路と目が合い宝はビクリと体をこわばらせる。
こんな瞳の完路を見るのは初めてだ。
「完ちゃん、あの、俺・・」
それでも宝は完路に話しかけようと手を伸ばした。
しかし・・
ーーパンッ
それは完路の冷えた手のひらで軽く払いのけられる。
「・・宝、ごめん・・」
「え・・」
「もう、俺・・宝とちゃんと友達ではいられないと思う。だから、ちょっと距離を置きたい」
「っ!!えっ・・なんで!」
宝は驚きのあまり完路に詰め寄ろうと近づく。
しかし完路はそれを避けるように一歩後ろに下がると、そのまま向きを変え歩いてきた道を戻り始めた。
「まっ、待ってよ完ちゃん!!」
宝がそう叫んだ瞬間、ズキリと股関節あたりが痛み宝はハッとその場に立ち尽くす。
そしてあらためて全身に残っている痛みを感じ思った。
あの時は二人ともどうかしてたんだ。
性欲ってなんて怖いものなんだろう・・あの完ちゃんですら冷静になれないんだ・・
もしかしたら完ちゃんは責任を感じてしまっているのかもしれない。
だからもう友達じゃいられないなんて言ったんだ・・
俺が、あんな相談を完ちゃんに持ちかけたばかりに・・
宝は遠くなっていく完路の背中を見つめた。
自分のせいで完路を傷つけてしまった。
距離を置きたいと言われた以上、完路から許してもらえるまでは自分も離れた方がいいのかもしれない。
もう一度親友だと思ってもらうためにはどうしたらいいのだろう・・
そんな事をずっと考えている間にテスト週間はあっという間に終わってしまった。
テストの出来なんて気にしてる余裕もなかった。
「おい、和泉!聞いてる?」
再び大きな声で四賀に呼ばれ宝はハッと我に帰った。
「あっ、ごめん・・何?」
「何じゃないよ。明日の土曜日暇かって聞いてんの」
四賀は呆れたようにため息混じりで答えた。
少し怪訝そうな視線を向けてくる四賀を宝はじっと見つめる。
完路とあんなことがあったことを、四賀に言うべきか宝は迷っていた。
あれはあくまで練習であり、その後のことは性欲による勢いだ。
しかし・・完路とセックスしてしまった事実は変わらない。
完路は友人として相談に乗ってくれたまでだが、その話を聞いて四賀はどう思うのだろう。
そしてあんなことを、いつか四賀とするのだろうか・・
そのことを想像すると宝は頭がパンクしてしまいそうで、四賀と今まで通り上手く話せるかわからなくなってしまっていた。
「和泉?」
眉を顰めた四賀に名前を呼ばれ、宝は慌てて返事を返した。
「あっ、明日は・・別に何もないけど」
宝は土日の予定のことを頭で考えた。
部活動は来週から再開されるので週末は特に予定はない。
いつもだったらテスト明けは完路の家でお菓子パーティをしていたが、今回はそれはないだろう。
そう思った瞬間、胸がキュッと締め付けられた気がした。
「それじゃぁさ、明日どっか行こうぜ!」
四賀はそんな様子の宝には特に気づく様子もなく明るい声で言った。
「どっか?」
「そう。考えたら休みの日に遊びに行ったことないじゃん?いっつも部活帰りに飯食うくらいでさ」
「あぁ、確かに・・」
「な、デートしようぜ」
「へ・・で、デート?!」
突然の甘い単語に思わず宝は大きな声で反応する。
「おい、ここ廊下」
「あっ・・」
嗜めるような四賀の言葉でクールさを取り戻そうとした宝は、コホンと小さく咳払いをして四賀に近寄り小声で話しかけた。
「デートって、どこ行くんだよ?」
「どこでもいいけど・・ここから少し行ったところにある海浜公園は?和泉行ったことある?」
「いや、行ったことないや・・」
「よし!じゃぁ決定な!たぶんもう海も泳げるはずだぜ!」
「う、うん・・」
「?なんだよ、なんか本当にテンション低いな?」
宝にいつもの勢いがない事を不審に思った四賀がずいっと覗き込むように聞いてきた。
「えっ!べ、別に!大丈夫だよ!」
四賀の顔が目の前にきて、宝は慌てて答える。
「ふーん・・ならいいけど。お前もう帰るところだろ?一緒に帰ろうぜ?」
四賀はそう言うと宝の横を通り抜けて先に下駄箱の方へと歩き出した。
「ま、待てよ四賀・・!」
宝は四賀の後を急足でついて行く。
しかし少し先を歩く猫背の背中に気付くと、宝はビクリと体を硬らせて止まった。
「完ちゃん・・」
思わず口から完路の名前がこぼれてしまい、慌てて宝は片手で口元をおさえる。
しかし微かに発した声はちゃんと耳元に届いたようで、完路は少しだけ首を後方に曲げて宝に視線を向けた。
完路の顔をまともに見たのはあの別れた日以来だ。
テスト期間だったこの一週間、宝は完路とは全く顔を合わせることがなかった。
おそらく行きも帰りも完路は普段乗る電車より一本ずらしていたのだろう。
(一本ずらしたら一時間ちかく空いちゃうのに・・そこまでしても、完ちゃんは俺を避けたいのかな・・)
そのことが悲しくなり、宝はジッと目尻を下げて完路を見つめた。
しかし一瞬目があったと思ったら視線はすぐに外され、完路はそのまま歩き出した。
「あっ・・」
宝は止めることもできず、その場に虚しく残された声を漏らす。
(本当にもう、話しかけてくれないんだ・・)
「・・なんだよ?お前ら喧嘩したの?」
そんな二人の様子を見て四賀が聞いた。
「えっ?!」
「だって瀬野君、明らかに無視してたじゃん?」
「・・うん、してたよな・・」
誰から見ても明らかに無視されたようだ。
その事実に宝はさらに気持ちが落ち込む。
「俺が、悪いからいけないんだ。完ちゃんに迷惑かけちゃったから・・」
宝はそう言って項垂れた。
「・・・ふーん」
四賀は興味がないのか、特にそれ以上は何も言わない。
しかし宝の肩に腕を回すと
「そんじゃあ、まぁ、これからは俺といればいいじゃん!俺達付き合ってんだからさ!」
と周りには聞こえないように宝の耳元で明るく言った。
「・・っ!」
急に耳元で話されて宝は真っ赤になって四賀を見つめる。
四賀はニコリと楽しそうに笑っていた。
「・・うん、そうだな・・」
宝は普段あまり見ない四賀の笑顔に気持ちが解けていくのを感じた。
とりあえず今は、少し完ちゃんと距離をおこう。完ちゃんが話してくれるようになったら謝って、もう一度友達になりたいって伝えるんだ・・
だって・・俺は完ちゃんと離れるのは嫌だから。
ずっと一緒にいたいんだよ・・完ちゃん。
ーーー
いつものように、あの愛しい声で名前を呼ばれて、思わず振り返ってしまった。
でも・・振り返らなければよかった。
隣にあいつの姿があったからだ。
宝と友達では居られなくなってしまったのは、自分のせいだ。
せめて宝の身体だけでも、あいつより先に自分のモノにしたかった。
でも・・結局そんなことにはなんの意味もない。
現にああやって、宝はもう四賀の隣にいる。
傷だけつけて、するりとすり抜けて行ってしまった。
せめてあの時、告白だけでもすればよかったのだろうか・・
「好きだ」と一言伝えればよかったのだろうか・・
結局それが出来なかったのは、宝に格好悪い自分を見せたくなかったからだ。
せめて最後まで・・酷いやつだと思われても、格好悪いやつだとは思われたくなくて、何も言えなかった。
もう、戻れない。
宝とは一緒にいられない。
もし、宝にもう一度友達になろうと言われても、これから先『友達のふり』すら出来ないだろう・・
だから俺は・・ここから離れることに決めたんだ・・
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