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第12話 ①
「宝、進路いい加減決めろよ?」
四賀はそう言いながらパラパラと志望大学の問題集をめくった。
「うーん・・」
宝は気の抜けた声を返す。目の前には予備校の教科書が積み上がっているが、どれもいまいち読む気が起きない。
夏休みに入ってすぐの先月終わり、高校生活最後の大会を終え、宝と四賀は陸上部を引退した。
結果は地区大会入賞が最高記録だった。
上には上がいるものだ。
足が速いのだけが取り柄だと思っていたが、それもあの狭い町だけでの話だったのだと、宝はこの三年間で痛いほど実感した。
「・・夏休みだってのにみんな結構学校来てるんだなぁ」
宝は頬杖をつきながら、図書室の窓から半分ほど見えるグラウンドを見つめた。
「どこの部活も夏の大会が大詰めなんだろ。文化部なんて毎日学校来てるって言ってたぜ。逆に大会とかないと引退の区切りが曖昧になるって言ってたなぁ」
四賀はそう言いながら、黄色の蛍光ペンでキュッと教科書に印をつける。慣れた手つきだ。
宝はそんな四賀の手元を見つめながら、ふぅーと長いため息をつく。
「これから予備校、行きたくない・・」
「大学に行くって決めたのは宝だろ?」
「・・そうだけどさ・・」
宝は口を尖らせながら、指で教科書の山をつついた。
「大会終わるまで部活続きだったし、全然遊べてないじゃん・・」
ボソッと呟いた宝を見て、四賀は目元を緩めて笑う。
「じゃあ、来週どっか行こうぜ。火曜は取ってる教科少ないから午前で終わりだろ?俺もその日は自習しないで帰るし」
「・・ほんと!?」
丸い瞳をパッと輝かせ、宝は嬉しそうに身を乗り出した。
「本当、よし、そうと決まれば今は勉強するぞ」
四賀はそう言うと、もう視線を教科書に戻した。
「はぁい・・」
宝はずるりと垂れていた背中を伸ばすと、気怠そうに一番上に乗っていた教科書に手を伸ばした。
部活を引退してから、最近はこうやって毎日のように高校の図書室に来て四賀と勉強している。
四賀は今年の春から高校近くの予備校に通っているが、宝は夏休みに入ってから親に強制的に家の近くの予備校に入れられてしまった。
三年生になっても将来へのビジョンがハッキリしない宝に、とうとう母親の堪忍袋の緒が切れたのだ。
「就職か進学か、どっちか決めなさい!」という母親の怒鳴り声に思わず
「じゃあ進学!」
と返したところ、次の日にはもう予備校の申し込みが成されていた。
「四賀君バイバーイ」
図書室の扉近くで、先ほどまで同じように勉強していた女子生徒が手を振っている。
「おう!またな!」
四賀は爽やかに手を振りかえした。
(四賀はこの三年間、ちゃんと爽やかなイメージを守ったよなぁ・・)
宝はにこやかに笑っている四賀の横顔を見つめて思った。
(それなのに俺は・・)
『クール』を目指して頑張っていた高校生活だったが、結局クールと言うより『とっつきにくい奴』というイメージが固まってしまい、今となっては高校でまともに話せる相手は四賀しかいない。
それでも運が良かったのか二年生では四賀と同じクラスになり修学旅行などのイベントは楽しめた。
三年生になってからは理系と文系でクラスは別れたものの受験一色の雰囲気なので特に不自由はしていない。
(結局俺にクールなふりなんて無理だったんだ・・)
宝はふと、憧れの後ろ姿を思い出す。
一瞬胸がチクリと傷んだ。
「宝、手が止まってる」
「あっ、ごめん・・」
四賀に指摘され、宝は教科書に視線を落とす。
いつの間にか四賀は宝を名字で呼ぶのをやめて名前で呼ぶようになっていた。
しかし宝はずっと『四賀』と名字で呼んでいる。
名前で呼ぶのはどうも気恥ずかしい。
(あだ名だったら呼びやすいのに・・四賀嫌がるしなぁ)
「俺達もそろそろ片付けて行くか」
そう言って四賀はノートを閉じると、スマホの画面に目を落とした。
「うん・・」
宝はほとんど使わなかった教科書をまとめて鞄に突っ込むと、もう一度図書室の窓に目を向けた。
(ここからグラウンド、見えるんだなぁ・・)
二年前、彼もここで勉強しては時々グラウンドを見ていたのだろうか・・
それとも・・
(きっと静かな方が好きだから、反対側の裏道に面した窓側に座っていたかもな・・)
そう思って宝はぐるりと図書室を眺めた。
三年生になるまでほとんど来たことがなかった図書室だが、今はすっかり馴染んでいる。
(たしかに、家より勉強がはかどるかも・・)
自分ももっと前からここで勉強すれば良かったと思ったが、それももう過ぎた事だ。
「おい、置いてくぞ!」
「あっ、待てよ!」
四賀が図書室を出て行こうとしたので、宝は慌てて後を追いかけた。
ーー
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