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第15話 ①

京都の夏は暑いと聞いていたが想像以上だ。 細くて体力なんて無さそうな樹がよく一人でやれているな、などと思わず感心してしまう。 「2年目だからこの暑さにも慣れてきたよ」 そう言って三角は四賀に塩の入ったタブレットを差し出した。 「何だよこれ」 「熱中症予防。大成顔赤いよ?ちゃんと水分もとりな」 「こんなの持ち歩いてるなんて母親みたいだな」 四賀はそう言いながら三角からもらったタブレットを口へ放り込む。 「おばさんに大成をよろしくって言われてるからね」 「三日間だけだろ!」 「俺、もう二十歳になったんだよ。だからちゃんと未成年のお世話は責任を持ってしないと」 三角はわざとらしく得意気に言った。 暑いのも手伝って四賀の頭は簡単に血が上る。 「別に頼んでねぇ!オープンキャンパスだって一人で行けるからついてこなくていいよ」 「久しぶりに会ったのにすぐイライラするんだもんなぁ。もっと大人になってると思ったのに」 三角は呆れたようにふぅと息を吐く。 「どうしたの?何かあった?」 「・・・別に・・」 相変わらず子ども扱いされることが面白くなく四賀はボソリと呟く。 「それより早くしないと時間になるだろ。樹の大学ここからどれくらいかかるんだよ?」 「一人で行くんじゃなかったの?」 「っつ!!」 先程苛立ちに任せて言った言葉を四賀はすっかり忘れてしまっていた。 悔しそうに言葉に詰まっていると三角は眉尻を下げて笑った。 「うそうそ。俺も大学の図書室に行きたかったし、一緒に行くよ。ほらこっち」 三角はそう言うと大学までのバスが出ている停留所へ歩き始めた。 四賀も不貞腐れた表情で無言でその後をついて行く。 ひたりと汗が首筋を流れるのを感じた。 あと一週間で夏休みが終わる。 この夏休みは部活引退後はほとんど勉強漬けの毎日だった。受験生なのだから当たり前だ。 四賀が志望校を決めたのは二年生の冬だった。 行きたい学部はなんとなく決まっていたが、どこの大学に通うかが問題だった。 母親は四賀の一人暮らしに難色を示していたが、家から通えるところには魅力を感じない。 四賀が悩んでいると、それならばと母は三角と同じ大学を勧めてきた。三角が側に居るのなら安心だと思ったのだろう。 正直、四賀も三角の通う大学には興味があった。 しかし、また三角を追いかけていると思われるのは嫌だったし、何より宝が気にするだろうと思って候補には入れていなかったのだ。 ーー 宝が三角のことを気にしていることに気付いたのは、初めて身体を重ねた日のことだ。 あの頃、宝はずっと幼馴染と喧嘩をしたままで、ならばその間に自分と宝の仲を強固なものにすれば良いと四賀は思っていた。 二人がこの先仲直りしても、恋人である自分を宝が優先するようになればいい。 四賀は今までよりも宝と積極的に一緒にいるようになり、恋人らしいふるまいも心がけるようにした。 宝はそんな四賀の態度に最初は戸惑っているように見えたが、手を繋いだり隠れてキスをすると満更でもなさそうに笑った。 完路のことがあってか、時々寂しそうな表情をすることもあったが、四賀がデートに誘うと嬉しそうに笑う。四賀はそんな宝の笑顔が好きだった。 そしてあの日。 きっとこの先、一生記憶から消えることはない初体験をした日。 時間をかけて慣らしていったそこは、思っていたよりすんなりと四賀を受け入れた。 「・・・っく・・」 「ふ・・はぁ・・しが・・」 互いの熱を持った瞳が交差しあう。 宝が痛くないようゆっくり動こうと両足を持ち上げると 「大丈夫だから・・動いていいよ」と宝が笑いながら言った。 「・・余裕じゃん」 四賀はゴクリと喉を鳴らすと、言われた通り少しづつ腰を打ちつけていくスピードを速める。 「ぁっ・・ん・・」 その動きに合わせて宝の甘い声が漏れ、身体はほんのりと紅く色づいていく。 四賀も最初の冷静さは消え、ただ夢中で初めての快感に本能のまま腰を動かした。 「・・っつ・・出る・・」 「ぅん・・・いいよ・・」 宝が瞳を潤ませながらそう言った瞬間、四賀は肩を震わせて自身の熱が吐き出されるのを感じた。 お互いの荒い息遣いが部屋に響き、四賀はぐったりと下の宝に覆い被さるように倒れる。 四賀が乱れる息を整えるように呼吸をしていると、ふと頭をキツく抱きしめられた。宝が両腕で力一杯抱きついてきている。 「・・どうしんたんだよ?」 「・・・」 「宝・・?」 「・・よかった・・」 「・・え?」 宝は回していた腕を離すと手のひらで四賀の両頬を包んだ。 「四賀と・・エッチできてよかった。四賀がその気になってくれて・・俺、安心した・・」 宝はとろんとした表情で笑う。 「・・なんだよそれ?俺達付き合ってんだからそんなの当たり前だろ?」 「・・そうだけど。なんか・・四賀にとって俺って、特別な存在なのかわからない時あったし・・」 「・・え?」 「・・俺より・・三角先輩・・との方が・・四賀、楽しそうに、みえ・・て」 宝はそう言うなり、スーと小さな寝息をたてた。 「えっおい!寝るなよ!」 どうやら宝もそれなりに緊張していたようだ。安心ししきった顔で目を閉じている。 三角先輩、か・・・ 宝にはそういう風に見えていたことに驚いた。 自分では態度にだしていない、何だったら嫌っていると思われてもおかしくないくらいの態度のつもりでいたのだが、宝はよく見ていたようだ。 俺の本当の気持ちまでは気づいていなくても、樹が俺にとって特別だということはわかっているのかもしれない。 四賀は手のひらで宝の額をさらりと触れた。宝はむにゃむにゃと口を動かして気持ちよさそうに眠っている。 これからは・・宝の前であいつの名前を出すのはやめよう。今、大切にするべきものは宝との関係だ。宝と誠実に向き合うために、あいつへの想いは忘れるんだ・・ それから四賀は宝の前で極力三角の話はしないようにした。三角が京都の大学を受けると知った時は、寂しさこそあったが遠くに行く事でこれで三角への想いも薄らぐに違いないと安堵する気持ちもあった。 きっと宝とうまくやっていける。四賀はそう思った。

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