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第4話「誰にでも、できることとできないことがあります」
さあ、お城の魔法大会についてあきらかになったいま、魔法学園は上から下まで大変な大騒ぎです。
学園の生徒はずっと真面目に授業に取り組むようになりました。トーナメント戦に使われる魔法機動兵士 の制作は、入学してすぐに教わる基本的な魔法のひとつです。基本であるがゆえに奥が深いともいわれますし、他の魔法と組み合わせることによってより強力になる魔法でもありました。ですから、ゴーレムの魔法に直接かかわる教師だけでなく、他の種類の魔法を担当する教師にも、この大会のおかげで気合いが入ったのです。
考えてみてください。自分が目をかけている生徒がトーナメントで優勝し、あわよくば王子のパートナーに選ばれたとしたらどうでしょう。生徒を通じて王子やお城の王様にまで、自分の名前と功績が伝わるかもしれません。魔法使いの仕事のなかでも、魔法学園の教師というのは実に地味な職種ですから、今ここで張り切らなくてどうしましょう。
大会に出場するわけでもない教師がこうなのですから、生徒の興奮はひどいものでした。
ほとんどの生徒にとって、リチャード王子――通称プリンスは、これまで単なる「雲の上の人」でした。ところがこの大会の結果、この雲の上の人と自分が横に並ぶ可能性が出てきたのです。
しかし競争は熾烈です。戦線にならぶのは男子部 だけではありません。女子部 にも優秀なゴーレム使いがたくさんいます。おまけに、試合のあとは舞踏会が待っているのです!
プリンスは男子と女子のどちらが好きなのか? という話題が生徒のあいだでひそひそと囁かれましたが、答えは出ないままでした。「パートナー」という言葉はなんとでも解釈できますが、選ばれた者が王子の配偶者になるとして、それが男だろうが女だろうが、この王国では特に問題にはならないのでした。何しろ古代から、必要なときは魔法で跡継ぎをどうにかしてきたのです。
さて、大会に向けてあらためて真剣に魔法にとりくむ生徒もいましたが、多くの生徒はまず、学園の購買部に向かいました。よりよい魔素材と魔道具を買うためです。魔法機動兵士 を生み出すにはその素が必要ですし、これを使役者が思った通りに動かすには魔法演算硝子 が必要です。
おや、ゴーレムとはそもそも何で、どうやって作るのかを教えてほしいって?
はいはい。説明しますね。
ゴーレムとは練魔法で作られた人形です。土(ゴーレムの素)から作った人形が、所有する魔法使いの魔力で大きさを変え、指示に従って敵と戦います。
ゴーレムは魔王との戦争の最中に考案されたものです。材料さえそろえば初心者にも作れますが、大きくて複雑な能力をもった高性能のゴーレムを作り、十全に使役するには、十分に魔法に通じている必要があります。
ゴーレムの素は学校の購買で売られています。そのほか様々な効能をうたう高額な製品の通信販売も行われています。しかし本来はただの土で作るものでした。
魔法学園で生徒が最初に学ぶのは、学園の敷地の土でゴーレムを作ることです。ただしこれはとても難しく、ほとんどの生徒が失敗します。土人形に魔力を通じさせることができないのです。
苦い失敗を味わったあと、生徒は教師推薦のゴーレムの素(購買部で販売しているもの)を使って、どうにか魔力が通じるゴーレムを作ります。この段階では土人形に魔力で仮の生命を宿らせることができますが、それ以上のことはできません。
次の段階はゴーレムに魔法演算硝子 を嵌めることです。ラレデンシとは複雑な魔法を可能にする結晶体です。硝子のように透明で、外殻は宝石のように細かく分割された面に覆われ、光をうけるときらきらと輝きます。高性能になればなるほど外殻のカットは細かくなり、中に充填できる魔力量も増えます。
魔法使いはラレデンシに自分の魔力紋を登録し、魔力を充填します。これを魔道具と組み合わせると、シンプルな魔道具であっても素晴らしい性能を発揮できるようになるのです。
あ、魔力紋についてお話していませんでしたね。これは指紋のようなもので、魔力を持つ人間ひとりひとりに備わっています。魔力紋は魔法使いのポテンシャルを示しますが、ふだんは簡単な魔道具を作ったり、ラレデンシの力を自分のものにするために使われるだけです。
ラレデンシは大昔の伝説的な魔法使いによって発明されました。その魔法使いがラレデンシを作った方法は今も伝えられていますが、実行できるのは「強力な魔力を有する純潔の者」に限られていました。
条件に合致する者があまりに少なかったので、魔法使いたちは魔法工場でラレデンシを量産する方法を考え出しました。当初は質の低いラレデンシしかできませんでしたが、開発がすすむにつれて質のよいものも作られるようになりました。とはいえ、ラレデンシの製造が高コストであることに変わりはありません。
ところでラレデンシも魔法学園の購買部や通信販売で売られています。平均以下の性能を持つラレデンシ(生徒が授業で最初に使うもの)であっても、購買部でいちばんの高額商品です。つまり高性能のラレデンシのお値段ときたら、天井知らず――しかしラレデンシの性能がよければよいほど、魔法使いはより能力を発揮できる。そうなればもちろんみんな高性能のラレデンシがほしいですよね。
というわけで、魔法学園の購買部は大繁盛しました。購買部の製品で満足できない者たちは通信販売を使い、あるいは自分の父や母がコネを持つ専門業者からカタログを取り寄せました。そう、双子のように。
さて、魔法学園の人々は生徒も教師も大会に向けて熱狂しましたが、中にふたりだけ、この勢いに乗れない者がいました。
ひとりは教師のアンブローズ。もうひとりはプリンスこと、リチャード王子その人です。
アンブローズは魔法学園の回廊を歩いていました。長身は魔法使いのローブに包まれ、長い黒髪が背中に垂れています。端正な顔には苦々しい表情がうかんでいます。購買部の品ぞろえに対する父兄からの苦情を聞いたばかりなのです。アンブローズは苦情受付係ではないのですが、多方面に有能なのが災いして、魔法を教えたり研究する以外の仕事もふられてしまうのでした。
遠隔鏡で文句をつけてきた魔法使いは、購買部で販売するゴーレムの素とラレデンシが低性能すぎるというのです。学園に製品を卸さない専門業者はもっと良い製品を扱っているから、業者にコネのある魔法使いの子供の方が大会の際に有利ではないか、とねちねちと文句をいったのでした。
アンブローズはその場は「善処します」と答えるに留めました。しかし内心はやり場のない怒りに震えていました。
――購買部はすでに、学習中の生徒に不相応な高価な製品をそろえている。それどころか、基本的な魔素材や魔道具を買うのに苦労する生徒がいるとは、考えないのか?
十年以上前のことですが、アンブローズはこの学園の特別奨学生でした。彼の母は糸魔法を専門にする魔法使いで、父親はゴーレム制作で知られた魔法使い職人でしたが、若くして不幸な事故で亡くなりました。母親は糸魔法でこしらえた護符を町で売っていましたが、生活は楽ではありませんでした。アンブローズは特別に優秀な成績で試験にパスしたので特別奨学生になれたのです。それでも学園のその他の費用はまかなえず、貸付金制度を使わなければなりませんでした。返済には何年もかかりました。
アンブローズが苦々しく思っていたのは苦情だけではありません。この教師は、魔法大会に備えるために、多くの生徒が魔法の鍛錬をするのではなく、より高価なゴーレムの素とラレデンシを買いに走っていることが気に入りませんでした。
それにアンブローズは他の教師とちがって「お気に入りの生徒」を作らないようにしていましたから、誰がトーナメントの勝者になろうが、リチャード王子に選ばれようが、関係なかったのです。
もっとも、アンブローズが特別に気に掛けている生徒は、ひとりだけいました。
彼がみずから試験し、学園に入学することになったアッシュが、彼の特別な生徒です。
アンブローズはこのことを、他の生徒や教師だけでなく、アッシュ本人にも気づかせないようにしていました。アンブローズはひそかにアッシュに責任を感じていたのです――彼を特別奨学生にできなかったことを。
そこでこの教師はアッシュに対して、影ながら便宜をはかりました。中古の不格好な制服を着て、みっともない恰好をした彼がいじめにあわないようにするとか、学園内で他の生徒を相手に商売をしていることに気づいても見て見ぬふりをするとか、他の教師に気づかれないようにこっそり隠すとか。
本当なら、教師としてはアッシュの「商売」を見逃すのは大問題です。他の生徒の不正を見逃していることにもなるのですから。しかし指摘すればアッシュは退学になりかねません。すると彼は正規の魔法使いになれない上、これまでの貸付金を借金として背負うことになります。
アンブローズに借金を肩代わりできるほどの財産があればよかったのに。残念ながら、アンブローズはつい最近まで魔法大学研究科の奨学金の返済で手一杯でした。研究科では特別奨学生になれなかったのです。
そんなアンブローズですから、魔法大会開催の知らせをきいても嬉しい気持ちにはなりませんでした。むしろ逆でした。
ゴーレムのトーナメントだと? そのあとに舞踏会?
貧乏人に不利なものばかりじゃないか。
もちろんアンブローズは王子に何度も魔法を教授したことがあります。
王子は飲みこみがよく、授業態度も真面目でしたから、アンブローズはこれまで特に不満を感じませんでした。しかし今回はおおいに文句がありました。
試合をするにしても、財力で差が出ない内容にすればいいのに。そう考えた後で、そもそもこの大会はリチャード王子がパートナーを選ぶためのものだったと思い出しました。
――つまりそういうことか。
アンブローズはひとりで納得し、ますます腹を立てました。この大会でアッシュが選ばれることは決してないでしょう。結局のところ、生まれが有利な者しか勝てない茶番劇になるのです。
プリンスことリチャード王子は、ちょうどそのころ学園の塔の部屋から、外の景色を眺めていました。
学園のグラウンドには土煙がいくつもあがっています。ゴーレムに最初の魔力を注いだときの土煙です。
「まったく、父上もやっかいなことを」
王子はつぶやきました。というのも、魔法大会の計画はすべて王の独断によるものだったからです。
王子の魔力は母親、つまり王の妃から受け継がれたものでした。だから魔法学園に入学したのですが、学園が特別扱いしすぎたために、王子は他の生徒と接する機会がほとんどもてませんでした。
たまに他の生徒が塔に来ても、王子を前にかしこまって、同じような受け答えしかしません。彼らはみな王に仕える魔法使いの子息でしたが、王子が特に親しくなりたいと感じる相手には出会えませんでした。同じくらいの年頃の若者がたくさんいるのに、寂しい話です。
親しい友人ができなくて残念です――と、王子は何度か、父にそんな話をしたかもしれません。しかしこれがいつのまにか、パートナー選びの大会と舞踏会へ帰着してしまうとは――正直なところ、王子は考えてもいませんでした。
もちろん自分の立場上、正式なパートナーは早めに決めるほうがいい。たったひとりの跡継ぎが独り身でいれば何かとトラブルがおきるもの。だから父は先手を打ったのだ――王子はこう考えて納得しようとしました。
それにゴーレムのトーナメントは生徒の技量をあげるのに役立つ。自分が最後に誰を選ぶにせよ、これはみんなにとって悪いことではないだろう。
王子はゴーレムの素やラレデンシの価格や、アッシュのような生徒がいることを知りませんでしたから、素朴にそう思いました。
ぼんやり遠くを眺めていると、ふいに学園を取り囲む森の一角で、木々のあいだから土煙があがりました。グラウンドであがっている土煙にそっくりです。
王子は眉をひそめました。あんな場所で、いったい誰がゴーレムを作っているのか?
王子は知る由もありません。
森の片隅で土を掘り、せっせと土人形をこしらえては失敗し、壊している生徒――それはもちろん、アッシュでした。
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