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第5話 泉の土のゴーレム

 やった! やっと成功した。  目の前でもうもうと湧き上がる土煙のなか、俺は感動に打ち震えていた。こうなるまでに何回試しただろう。  いま俺がいるのは寮の裏手の森の中の、ちいさな空き地だ。まんなかに泉が湧いていて、傍らには古い石の彫像が斜めに傾いている。  ここは最初にゴーレムの授業を受けたとき、俺が土を掘った場所だった。アンブローズ先生は俺たちを前に「最初のゴーレムはただの土から作られた」と話した。 「魔王を倒した伝説の魔法使いが土をこねて人形をつくり、魔力で命を吹きこんだのだ。最初の授業ではこれをきみたちにも試してもらう。学園の好きな場所へ行って、気に入った場所の土を掘ってきなさい」  生徒たちは三々五々散らばったが、校舎に近い場所だと、簡単に掘れるほど柔らかな土がむき出しになっているのは花壇くらいしかない。そして思った通りたくさんの生徒が花壇につめかけて、順番待ちの列を作っていた。俺は別の場所を探すことにして、寮の裏手の森に入ったのだ。  泉のほとりは静かだった。水がこぽこぽとあふれる音と小鳥の声が響くだけだ。心安らぐ雰囲気の中で俺は土を掘った。教室へ戻ったのはいちばん最後で、そのあとの授業はとても難しかった。土を練って形をつくり、魔力を注ぎ込む。何度やり直してもみんな失敗した。  俺も三回は土を練り、形を作り直したが、机の上の土人形はぴくりとも動かない。先生はがっかりした生徒の顔をみながら「ゴーレムを土から作るのがいかに難しいか」を説明した。土は花壇に戻しておきなさい。次回の授業では購買で売っている「ゴーレムの素」を使うから、用意しておくように。そういって授業は終わった。  ところが、みんなが席を立って教室を出ようとしたとき、机に置いたままの俺のゴーレムの胸がすうっと上下したのである。びっくりしてみつめると、頭が揺れ、上体を起こした。両手ですっぽり包めるくらいの小さなゴーレムだ。それでも動いたのだ。 「せ、先生!」俺は興奮して机の上を指さした。 「動きました!」  アンブローズ先生は怖い顔をしていた。俺はまずいことをやってしまったのかと思い、首を縮めた。と、ゴーレムは動きをとめた。あの一瞬はたしかに命をもっていたのに、また土の塊に戻ってしまった。  俺はがっかりしてうなだれたが、肩に手を置かれたのでまた顔をあげた。アンブローズ先生は無表情で俺をみていた。 「アッシュ」 「は、はい?」 「よくやった。その土はどこで採った?」 「森の……泉のそばです」 「その場所をよく覚えておきなさい。その土は記念にとっておくといい」  ――ということがあった、おなじ土を使って俺は魔法大会用のゴーレムを作り出したのだ。手持ちのゴーレムの素に、泉のまわりの土をブレンドして。  いや、本当は俺だってふつうのゴーレムの素を買いたかった。もっと本音をいえば、もっと高級なゴーレムの素が欲しかった。でも予算がぜんぜん足りなかったのだ。ラレデンシを買わなければならなかったから。  ラレデンシは手作りできず、ゴーレムの素のようにその辺の土で水増しもできず、加えてあきれるほどクソ高いのである。以前、杖を作る授業に必要なラレデンシを買うために、俺は頭がくらくらするくらい潤滑ジェルを調合しなければならなかった。  こんなに値が張るのに、ラレデンシに中古品は存在しない。魔道具を完成させるときに所有者が魔力紋を登録するからだ。おまけに魔力紋を登録したラレデンシは他の魔道具に転用できないときている。  しかしゴーレムを思い通りに操り戦わせるにはラレデンシは不可欠だ。手持ちの金にいざという時の虎の子を足して、俺はなんとか中の下くらいの製品を買った。  そしてこれで俺の素敵な予算は終わった。ゴーレムはありあわせでなんとかしなければならない。  ――で、いま俺の目の前の土煙がその「ありあわせ」の結果だ。  一年生の時よりは上達した練魔法で俺は慎重にゴーレムを造形した。機動兵士の名にふさわしい、立派な戦士の体を作ったのだ――小さいけれど。ひたいにはラレデンシを嵌めるスロットを刻む。ゴーレムに命を与えるだけならラレデンシは不要なので、まずは俺の魔力で目覚めさせる。  地面に描いた陣の中央に土人形を置き、呪文を唱えながら魔力を注ぐと、陣の全体で土煙が立ち、空に向かって高く伸びる。これはゴーレムが生命を得て育っているしるしだ。陣を使ったゴーレム制作では最初の目覚めの前に数十分こんな土煙状態が続く。一年生の時にアンブローズ先生が教えた方法はもっと簡単なものだったが、あれでは小さなゴーレムしか作れない。  何分たっただろうか。いまでは土煙は俺の目にもはっきりわかる渦をまき、陣の中央へ収斂をはじめた。教科書に「成功例」としてあげられている図にそっくりだ。  俺は期待して見守った。もしかしたら、これはすごいゴーレムになるのでは? たとえばこの泉の土に何か特別な要素が含まれていて、奇跡のようなことがおきるとか?  上に伸びた煙が細くなって途切れ、下の方だけがふくらんで、ろくろのように回転する。茶色の塊がくるくる回っているのがみえるが、俺の想定よりかなり背が低い。あまり大きくならなかったのか。がっかりしたが、サイズは魔力で補正できるから、と俺は自分にいいきかせた。回転がだんだん遅くなり、茶色の塊に頭と、横に長い胴体と、尾――尻尾?――が見え――え? え? え?  そして鳴いた。 「クゥン……キュンキュンキュゥーン」  俺はまばたきした。えええええ?  土煙のおさまった陣には犬が立っていた。もちろん四つ足で。耳は長めの垂れ耳で、体はゴーレムの土色だ。そしてつぶらな瞳で俺をみつめて、嬉しそうに尻尾を振った。 「ハッ、ハッ、ハッ、キュゥーン……ワン! ワンワン!」  ……犬だった。  俺のゴーレムは犬だった。ワンワンだ。俺が作るつもりだった、大きくて力強い兵士ではなくて。  悪くない犬だ。でも犬だ。  うーわんわん。  落胆と喜びの入り混じった気分をかかえて、俺はとぼとぼ寮に帰った。がっかりしたのは想定通りのゴーレムができなかったからで、嬉しかったのは予算ゼロでゴーレムを作るのに成功したから。それになんだかんだいってもゴーレム犬が可愛かったから。今は手のひらに乗るくらいのサイズに戻って、ラレデンシと共に制服のポケットに収まっている。  何を間違えたのだろうか。もう一回試してみれば思った通りのゴーレムが作れるかもしれない。でもゴーレムの素はもう残っていない。泉の土ならいくらでもあるが、あの土だけではまともなゴーレムを作れるとも思えない。  もっと仕事を請け負って、ゴーレムの素を買うか。俺は歩きながら考えた。生徒たちはみんな大会の準備に忙しいから、その気になればいろんな雑用を請け負えるだろう。問題は双子の準備を手伝いながらそれができるかどうかだ。 「燃え殻! どこをうろついていたのさ」  案の定、寮の玄関に戻ったとたん、双子に呼び出されてしまった。最近は放課後になるとたくさんの生徒が学習室に集まって自分たちのゴーレムをいじっている。  ラスとダスはカタログから発注した高級素材で三日ほど前にゴーレムを作り終わっていた。机に置かれた二体のゴーレムは金と銀に輝いている。巨大化させるとみあげるほどの大きさになり、ラレデンシに魔力を充填すれば相当な強さになるはずだ。 「燃え殻、糸魔法でこれ作って。いそいでね」  放り投げるようにして布のバッジを渡される。ラスの魔力紋の下絵が描かれている。 「あ、僕のも」  続いてダスからも魔力紋以外はおなじものを押しつけられた。 「え、あの……」 「糸はこれね。小さいからすぐ終わるでしょ。できたら持ってきて」  提出課題を忘れていたのだろうか。小さいからすぐ終わる? 俺の困惑をよそに双子はゴーレムをもって学習室を出ようとしている。取り巻きのひとりが俺の方を睨むようにみて「ちゃんとやれよ」といった。俺はため息をつくのをこらえた。今日は自分のゴーレムを作る時間があっただけましと思おう。  学習室は議論したり作業したりする生徒たちで騒がしい。俺は制服のポケットに手をつっこんだ。いろいろなものを持ち歩いているのに、今日に限って糸魔法の道具だけは持っていない。そのとき壁際のツールボックスが目に入った。針くらい入っているかもしれない。  ツールボックスをあけたとき、制服の内側をみえない指に触られたような、おかしな感じがした。ツールボックスをのぞきこんでも針はない。あきらめて机の方をふりむいたときだ。  俺の目の前で、キラリと光るものが宙に浮いていた。俺はまばたきした。宝石のような光をはなっているのがラレデンシだと気付くのに数秒かかった。待てよ、あれは俺のラレデンシでは?  俺は制服の上から内ポケットのある場所を探った。そのあいだにもラレデンシは空中をすうっと前にすすむ。俺は前のめりになって手をのばし、ラレデンシを追いかけた。そのとたん足先がつるりとすべり、次の瞬間俺は床に顔をくっつけて倒れていた。  ひたいが痛い。俺はのろのろ体を起こし、ずれたマスクを直した。立ってあたりをみまわしたが、宙を飛ぶラレデンシなどどこにもみえない。クスクス笑う声がきこえ、俺は急に恥ずかしくてたまらなくなった。制服についたほこりをはたき落とし、内ポケットに手を入れる。ゴーレム犬の乾いた肌触りが指にふれた。ラレデンシは――ない。  俺は指をさらに深く突っこんだが、ポケットに入っていたのは犬の人形だけだった。  顔から血の気が引くのがわかった。クスクス笑う声はまだ聞こえていたが、そんなものにかまっていられない。俺はもう一度ぜんぶのポケットを調べた。虎の子をはたいた俺のラレデンシがなくなっている。  呆然とその場に立ち尽くしたとき、みえない指に触られた感覚がありありと蘇ってきた。  誰かが魔法を使って俺のラレデンシを奪い去ったのだ。

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