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第10話 金と銀のゴーレム、虹のゴーレム
ラスの青い眸が俺をにらみつけている。フィールドのすぐ外にはダスが立っている。ここまで勝ち抜いてきたのがラスひとりなのを俺は不思議に思った。てっきりダスとラスそれぞれ同時に勝ち抜いてくるものと思っていたからだ。
双子の雑用をあれこれ片付けていたにもかかわらず、俺は今日まで双子のゴーレムの性能をまったく知らなかった。最初のうちはカタログで魔素材を注文したり、準備を手伝ったりもしたのだが、そのうち双子は俺を彼らのゴーレムから遠ざけるようになった。だからといって俺にいいつける用事が減るわけでもなかった。俺はとても忙しかったのだ。
もうひとつ不思議なのは、ラスもダスも俺が誰なのかわかっていないことだった。いざ試合がはじまるというときも、こっちをみて優雅に他人行儀なお辞儀をして「よろしく」といったのだ。いつもとちがう服を着て、マスクを外して顔を晒しているだけなのに、どうしてわからないんだろう?
でも自分で「燃え殻です」なんて紹介するのも変な話だと思い、俺は黙ってお辞儀をするだけにした。
ラスのゴーレムは金と銀に輝いている。前の試合では胴体に嵌められた装具のひとつひとつが途中で武器に変化していた。どれだけ予算があったとしても、限られた準備期間ですごいゴーレムを作ったものだ。俺は自分のゴーレム、イヌに首や胴に糸魔法の護符を巻きつけたが、どうみても間に合わせの装備でしかない。ラスが馬鹿にしたようにニヤッと笑った。
「はじめ!」
審判が手を上げる。
俺が動くより早くラスが声をあげた。
「ゴールドラン、行け。マネーマシンガン!」
金と銀のゴーレムは拳を前に突き出した。指の関節がパカッとひらいて十個の弾丸が飛び出す。左右に分かれながら向かってくる弾丸に向かって俺のイヌ――巨狼は毛を逆立てた。
「風魔法、渦!」
俺の声とともに逆立った毛の一本一本から空気の渦が吹き出し、弾丸に向かって飛びだす。弾丸の先端が空気の渦に触れると風に押し戻されるように速度をおとした。進むべき方向を見失ったように地面にぽろり、ぽろりと落ちる。よし。
「牙魔法!」
俺はもう一度呪文を唱える。イヌは銀の刃のように垂直に飛び上がり、巨人の拳に飛びかかった。
「ぐうううううう」
拳を噛まれたゴーレムが唸りながら腕をぶんぶん振るが、イヌは耐えてかじりついている。ついに拳をがりっと嚙み切って地面に降り立った。
「アッシュ、1ポイント」
審判の声がきこえた。俺はイヌを下がらせた。ラスの手がひねるように動き、巨人の胸の装甲にひびが入った。俺の目にうっすらとみえたのは炎の色だ。ゴーレムの胸の中で、小さな灯が巨大な火の玉となって、イヌに向かって投げつけられる――
「水魔法、大展開、氷転!」
俺は叫んだ。イヌは俺の前をジグザグに走りだす。前肢がフィールドに触れるたびにラレデンシがきらりと輝き、肉球の形の穴から水が細く勢いよく噴出した。イヌが走れば走るほど水の壁が分厚くなり、ゴーレムと火の玉の間に伸びあがる。そしてそのまま動きを止めた――
すべての水がぶあつい氷の層に変化する。シューっと白い煙があがった。ゴーレムの火の玉が氷に触れたのだ。
「跳べ!」
イヌは俺の心を読んでいたようだった。もう高く飛び上がっていたのだ。巨人の頭の高さまで伸びあがった氷の上へスタッと降り立つ。巨人は氷を壊そうとパンチを繰り出していたが、イヌは氷の上をすばやく走って巨人の顔に飛びかかる。
氷の壁がどうっと倒れ、俺は思わず後方へ飛び退った。イヌは巨人の突き出た鼻に噛みついている。巨人は両手でイヌを引きはがそうとするが、触れようとするたびに糸魔法の護符から稲妻があがる。
「ゴールドラン! ショルダーボム!」
ラスが叫んだ。肩の装甲がパカッとひらく。
「戻れ!」
何が飛び出してくるのか確認する前に俺は自分のゴーレムを下がらせようとした。それなのに今度はイヌはいうことをきかなかった。巨人の鼻から牙を抜くと、二歩で大きく開いた左肩の装甲へ飛びつき、顔をつっこんだのだ。
「こら、戻れって!」
俺はもう一度叫んだ。巨人の肩の上でイヌはこっちに顔をむけた。口に銀色の丸い球を咥えていた。氷の壁はもう粉々になっていたが、次の一瞬でイヌは地面へ飛び降りると、咥えていた球を無造作に転がした。
ドドドドーン!
轟音と共に白い煙があがる。なんてこった、こいつはゴーレムの肩にあった爆弾を本人にぶつけたのだ。金と銀のゴーレムがゆらめき、膝をついた。煙の中からイヌが走ってきて、俺の前で得意げに尻尾を振る。
「イヌ!」
俺はつま先立ちになってゴーレムの毛皮を撫でた。「無茶すんなよ、もう」
ラスのゴーレムはみるからに弱っていた。攻撃方法をたくさん持っているのに、意外なほど弱い。もう一度すばやく攻撃を仕掛ければ――そう思ったとき白煙が不自然にゆらめき、俺は目を瞬いた。イヌが唸った。
白煙をかきわけるようにして、いったんは膝をついた巨人が素早く立ち上がる。金と銀のゴーレムはこれまで受けたダメージなどまるでなかったかのように輝く姿でまたフィールドに立っていた。どこからか、どよめきと歓声がきこえてくる。
回復魔法? いつのまに? 俺はあっけにとられたが、ゴーレムはさっきより敏捷な動きで突然イヌに向かってきた。手に何かをもっている。杖のような――いや、これは鞭だ。
「石魔法、シールド!」
俺は叫んだが間に合わなかった。ゴーレムが振る鞭の先がイヌの首にからみつき、護符が破れてはじけ飛ぶ。
「縄魔法。凍れ 」
声が聞こえた。ラス?
俺はフィールドの反対側に双子が立っているのをみた。変だ。あそこにいるのはラスじゃない。ダスだ。俺にはわかる。
まさか、このゴーレムはダスのゴーレムなのか? 入れ替わった?
考えている時間はなかった。
「風魔法――裂!」
イヌの毛皮の表面でバシッと火花が散った。首にまきついていた鞭が緩む。イヌは前足をのろのろと動かして鞭を払おうとしているが、俺は次に何の魔法を使えばいいのかわからず迷った。敵のゴーレムはその隙を逃さず、また鞭を振った。今度はイヌの体に。護符がまたべりっと破れた。
「ウーーキャイーーン!」
イヌは苦痛の声をあげたが、鞭はぎりぎりとイヌの体をしめつけ、空中へ放り投げた。そのまま遠く、フィールドの外へ、イヌが落ちていく。
しん、とあたりが静まりかえった。
「優勝――ラス!」
うわーっと歓声があがり、金と銀のゴーレムが両腕をあげてガッツポーズをする。その背後でダスがにっこりと笑っていた。ちがう、彼はラスじゃないし、あのゴーレムはダスのゴーレム――俺はそういいたかったが、フィールドの外まで放り出されたイヌが心配で、審判に文句をいう気力はなかった。やっと駆けつけると、イヌはもう巨狼ではなくただの犬の大きさだった。ひざまずいた俺のそばでハァハァと舌を出しながら尻尾をふる。ラレデンシの魔力は残り少なかった。あとでゆっくり充填しなければ。
「おまえはよくやったよ。ありがとう」
「クゥン、キューン……」
「いいんだ。あれがダスだったとしても、気にするなよ」
俺はイヌを両腕に抱いて立ち上がった。あたりの歓声はまだ止んでいない。勝利したゴーレムのそばに双子が立って、それを囲むように生徒たちが押し掛けている。
そのときだ。
空でバサバサッと翼の音がきこえた。太陽はもう傾いて、夕方の色が空を覆っていた。長く巨大な影がフィールドにおちた。俺も双子も、他の生徒も、みんないっせいに空をみあげた。
金と銀のゴーレムの真上を、虹色の翼をもつ生き物が飛んでいる。
「何、あれ?」
ラスがぽかんと口をあけていった。と、フィールドの外からよく通る声が響き渡った。
「あれは翼のゴーレムだ。僕のものだ」
「プリンス!!!」
声の主を悟ったとたんみんながいっせいに声をあげた。もちろん俺も。
プリンスは笑顔を浮かべていた。でも緑色の眸はひどく冷たく輝いている。
「ラス、勝利おめでとう。せっかくの大会だ。記念に僕のゴーレムとも手合わせ願えないか?」
「プリンス……! はい、もちろんです」
「ああ、そうだ。きみたちは双子だろう。これも何かの縁だ。二人で一緒にフィールドに立ってみないか」
「プ、プリンス?」
「僕のゴーレムは空を飛べる。それにラスは試合を終わったばかりだ。ハンデをつけた方がいいだろう? さあ、ラスと――きみはダスだったね。でもせっかくだ。本気で戦ってほしい」
プリンスは審判を手招きした。
「ほら、他の者たちはフィールドの外へ。はじめよう」
プリンスの目が俺の方をちらっとみて、意味深にめくばせをした――ような気がした。俺はイヌを抱いたままフィールドから離れたが、どよめきが起きたのでふりむいた。夕陽に照らされて双子のゴーレムがフィールドに立っている。どっちがどっちなのかもわからないくらいそっくりの形だ。しかし一方のゴーレムは傷だらけだった。
おまえ、がんばったもんな。
俺はイヌの頭を撫でながら小声でささやいた。バサッと頭の上で羽ばたきが響いた。
「はじめ!」
審判がいった。こんなプログラムがあるとは思ってもみなかった、プリンスと双子の対決に人々がどっとわく。空を飛んでいるゴーレムは巨大な鷲のような姿で、虹色の翼を羽ばたかせている。
透きとおった緑のくちばしがダスのゴーレムをまず襲った。ラスが叫んだ。
「ゴールドラン――ソード!」
ラスのゴーレムが剣を振るうと、プリンスのゴーレムはダスのゴーレムをすばやく離れ、滑空しながら翼をおおきくはためかせた。剣が翼をかすったとたん、虹色の油膜のようなものが零れ落ちる。
「ぐうううううう!」
ラスのゴーレムが唸り、両眼をふさぐ。油膜が目に入ったらしいが、何か危険な効果をもっていたようだ。一方ダスのゴーレムは嘴で頭にあけられた穴を両手でふさいだまま、フィールドの中で足踏みするだけだ。
あんな風に空を飛ぶゴーレムがあるんだ。
そんなこと、俺はぜんぜん知らなかったし、プリンスがあんなすごいゴーレムを持っているのも知らなかった。そういえばプリンスはイヌをひと目みただけで「長耳狼」といった。さすが王子というのはふつうの人とはちがうんだ。
――ああ、ほんとうに、すごい。
プリンスと双子の試合はいったいどのくらい続いたのだろう。
俺はぼうっと見惚れていて、時間の感覚を忘れていた。はっと気がつくと審判が「判定――王子!」と叫んでいて、ワーッと歓声があがった。
「プ・リ・ン・ス! プ・リ・ン・ス!プ・リ・ン・ス! プ・リ・ン・ス!」
そして際限のない拍手と、ワーワーという歓声。
ついに終わらない拍手を切り裂くように「皆の者!」という声が響き渡った。拡声器の声だ。お城からきこえてくる。
「今日は素晴らしい魔法大会であった! 王として勝者をここで宣言する。優勝は王子! わが息子じゃ!」
え?
俺はあっけにとられた。たぶんみんなもあっけにとられたのだろう。拍手がやんで、あたりは静まりかえった。
「いやいや、今のは冗談である。しかし今の世に臣下に求められるのは単なるゴーレムの強さではない。魔王が封じられて長い時が立つのだからな。魔法大会の意義というものは……」
それから思いがけずとても長い話がはじまった。魔法について、歴代名を残した魔法使いについて、この王国の歴史について。王様その人が話しているのだからもちろん誰も文句をいえなかった。生徒も観客席にいる人もみんな神妙な顔をしてその話をきき、そのうちに日が暮れて、空に星が輝きはじめた。
「――というわけなのである。おや、こんなに暗くなってしまった」
「父上、もういいでしょう」
プリンスが拡声器を奪い取ったようだ。
「みんな、今日はありがとう。授賞式がおわったら今宵は舞踏会だ。今日の試合に参加した者はみな、城へ入ってくれ」
プリンスの言葉が終わると同時に、ヒューンと空に何かが飛んでいった。パンッと大輪の花火が空中に散る。俺たちはまた拍手をした。王の長い話から解放された喜びをこめて。
お城へ入る前に俺は賞金の小切手と賞品の杖をもらった。賞金はかなり性能の良いゴーレム魔素材とラレデンシを買えるくらいの金額だった。
でも今の俺にはイヌがいるし、お金はいずれ必要になるから、これは大事にとっておかなくては。
みんなはお城の中へどんどん入っていく。生徒のほかに先生方らしい、魔法使いの衣を着た姿もみえる。俺はアンブローズ先生のことを思い出した。今日の成果について知らせたら、きっと先生は喜んでくれるだろう。
お城の入口に続く白亜の階段には赤い絨毯が敷かれ、左右がずらりとランプに照らされていた。かすかに音楽がきこえてくるし、ほのかにいい匂いもする。
俺はわくわくして、踊りたいような気分だった。こんな気持ちになるのは魔法学園に入学した時以来じゃないだろうか。心がふわふわ、軽い雲になって漂い出すようだ。
「アッシュ様、どうぞ舞踏会へ」
バトラーさんが腰をかがめながら、お城の入口を指さした。
「どうかお時間をお忘れなきよう。私はこちらで待っております。たまに時計をお確かめください」
「うん」
俺は先生にもらった懐中時計をとりだした。この時計にも魔法がかけられているにちがいない。時計の針は現実の時間を示していなかったし、針の動きも変だった。ついさっき確かめたとき針は三時に止まっていたのに、今は一時の場所にいる。
「この針が十二時、真上に届く前に私のところへお戻りください。遅れないように」
「わかった。遅れないよ」
俺は仔犬の大きさになったイヌを腕に抱き、赤い絨毯を踏んでお城の中へ進んでいった。
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