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第16話 第三次魔徴の奥義
俺は夢をみていた。
そうだ、これは夢だ。だって俺は魔法学園の寮の、自分の部屋にいるはずだから。
それなのに、どす黒い霧がどこまでも俺を追いかけてくる。
夢だとわかっているのに体が動かない。
黒い霧は俺の足にからみつき、地面に引き倒し、服の下にしみこんだ。手足は動かないのに体の中心がかっと熱くなって、俺はハァハァと息をつく。
首筋のあたりで不気味な声が響いた。
(ここまで熟れているのに清いままだとは……)
「や、やめ……あ、いやぁ……!」
叫んだとたんに目が覚めた。
やっぱり夢だった。俺は寮のベッドに横になっている。心臓がまだドキドキしている。下着の前がべとりと濡れていた。俺は掛布団をはがし、パンツをもちあげてため息をついた。
あんなに怖かったのに、どうして夢精なんか。
とにかく起きなくちゃ。他の生徒が学園に帰ってくるし、双子も帰ってくる。
誰もいないので寮の設備を使い放題だ。俺はシャワーを浴びたが、なんだか……体の内側がむずむずして、ひどく落ちつかなかった。皮膚が敏感になっているような感覚があって、熱があるときのように頭がぽうっとする。
風邪でもひいたのだろうか。
部屋に戻って制服を着る。魔法大会へ行く前に着ていた制服はアンブローズ先生が魔法をかけた後どこかへ消えてしまったけど、あれがどうなったのか先生に聞かなくては。あ、先生に大会の報告をして、お礼もいわなくては。ゴーレムのことも……。
替えの制服は前のより俺の体に合っていない。時限式魔法で呼び出された立派な衣装を思い出して、俺は憧れのため息をついた。あれは肩も腰もぴったりしていたから動きやすかった。それでもいつもの黒いマスクをすると、本来の自分に戻ったような気がしてほっとした。何となく体調がおかしいのも、マスクを外していたからにちがいない。
ひと気のない学園の廊下を歩いて行ったが、教務室は閉まっている。まだ誰も戻っていないらしい――と思ったら、廊下の先に人影がみえた。
「あの!」
「おや、双子の」
ふりむいたのは用務員のおじさんだ。双子の雑用で校舎を駆けまわるうちに知りあいになった親切な人で、おたがいに名前も知らないけれど、掃除道具の場所を教えてくれたりする。
「先生方はまだ戻られていないよ」
「アンブローズ先生はいらっしゃると思うんですが」
「あの先生なら薬草園だ。ここに来る途中でみかけたよ」
おじさんにお礼をいい、俺はいそいで校舎を出た。薬草園は校舎の裏手にあって、授業で使う薬草や果樹のむこうにガラス張りの温室が建っている。
黄色や青の小さな花をつけた薬草の上を蜂がぶんぶん飛び回っていた。温室の扉は半開きになっていたので、俺はそっとおしあけた。
「アンブローズ先生……いらっしゃいますか?」
返事はない。一歩なかにはいると、湿り気をおびた温かい空気が体をつつんだ。
「アンブローズ先生?」
通路の左右には熱帯の木々がぶあつい緑の葉を茂らせている。ガラスの天井から明るい光がさしこんでいるが、木々に遮られて温室の外はみえない。木のあいだを水路が走り、ところどころで小さな水車が回っている。俺は通路の角を曲がった。
すぐそこに棚と机がいくつか並んだスペースがある。先生方が実験や研究のために使う場所だ。アンブローズ先生があわてたように立ち上がり、俺をみた。温室が暑いためか、いつもの長い衣は脱いで、白いシャツと黒いズボンという格好だ。
「先生――」
「――アッシュ?!」
「先生、その……あの、昨日はありがとうございました!」
アンブローズ先生の目線が上から下に落ちつかない様子で動いた。俺、へんな恰好しているかな。これいつもと同じなんだけど。
「昨日はバトラーさんに送ってもらったんですけど、夜遅かったので先生に報告できなくて、だから……」
「ああ、そうだな、その通りだ。わかった。ここへ……座りなさい」
先生はひたいを手の甲でぬぐい、たった今まで自分が座っていたひじかけ椅子を指さしたので、俺は躊躇した。
「俺はこのままで大丈夫ですから、あの、魔法大会ですけど」
「ああそうだな! そうだった!」
アンブローズ先生はガタッと音を立ててまた腰をおろした。長い黒髪を束ねずに垂らしている。切れ長の眸が俺をじっとみて、またそれた。長い指が膝を落ちつきなく叩く。きっと研究の邪魔をしたにちがいない。
「すみません、お忙しいところを……」
「まさか! ずっと気にしていたんだ。で、魔法大会は? ゴーレムは? 最初から話しなさい」
「さ、最初から?」
「そうだ、全部だ」
「えっと……」
そこまで聞かれるとは思っていなかったので、最初の方はつかえつかえ、ゆっくり話すことになってしまった。それでも俺はトーナメントを連勝したことや(双子が入れ替わったかもしれない、というところは省いた)翼をもつプリンスのゴーレムのことや、舞踏会の様子や、王様に謁見したことを説明した。プリンスといろいろな話をしたこと(バルコニーでふたりきりだったことは省いた)時間を忘れていたのに気づいて、鐘が鳴っているときに走ってお城を出たこと――そこまで話したとき、アンブローズ先生が急に遮った。
「鐘が鳴った? 城の大広間の時計か?」
「ええ、王様の椅子の上にある……」
「宣告の大時計が……」
アンブローズ先生は眉をしかめた。
「先生、それが……」
「ああいや、すまない。なんでもない。それで?」
「あ、それで……バトラーさんの約束に遅れないように走ったとき、俺、気づかなくて……」
鼻の奥がツンとした。俺はまばたきし、こみあげてくるものをこらえながら、イヌを置き去りにしてしまったんです、といった。でも目の奥は痛いままで、ついに涙がにじんでしまった。
「先生のおかげで出来たラレデンシも、イヌに嵌ったままで……」
思いがけず涙がぼろぼろと止まらなくなり、マスクが濡れる。俺は手のひらで目をぬぐい、鼻をすすった。熱っぽい体がくらっとかしいだ。
「アッシュ! 大丈夫か」
先生があわてたように手をさしのべる。気づいた時には俺は先生の胸に抱きしめられていた。
「せ、先生……すみません、俺、風邪ひいたかも……起きた時からふらふらしていて……」
「風邪?」
先生の手がひたいにあてられる。ひんやりした感触が気持ちよくて、ほっとした。
「いや……これは違う。魔力酔いだ。アッシュ、マスクを外しなさい。ゆっくり呼吸するんだ」
「魔力酔い……?」
俺は椅子に座った先生の膝にもたれかかっていた。ちゃんと立とうとしてもなぜか力が入らなかったのだ。体じゅうを行き場のない熱がぐるぐるまわるのを感じる。先生の腕はしっかり俺を支えてくれていた。ひんやりした手がマスクをはずして、俺はやっと息がつけるようになる。先生の白いシャツは薬草の不思議な香りがして、嗅ぐと頭にこもる熱も抜けるような気がした。
「アッシュ……まさかきみの潜在力は……」
「先生……?」
アンブローズ先生の視線があまりにも真剣だったので、俺は不安になった。
「俺、もしかして、変な病気に……」
「いや、ちがう。これは第三次魔徴だ。おそらくラレデンシ生成がきっかけだろう。きみの中の奥義がひらいたのだ」
「第三次魔徴……?」
第一次、第二次の魔徴というのは魔力発現の段階のことだ。第一次魔徴はまだ魔力がはっきりしないころから魔法使いの子供が発する兆しで、それがもっと強い魔力になるのが第二次魔徴の段階である。こうなると人は魔力紋を布や紙に焼きつけたり、石に刻んだりできるようになる。
でも、第三次魔徴って……?
「この奥義に達するには相当な魔法の訓練を積まなければならない。生徒の段階でここに達する者はふつういないし、大人になってもこの奥義をひらくのはなかなか……なぜ……」
「この、体が熱いのも……そのせいですか?」
「アッシュ、きみは……特定の魔法を何度もくりかえし使ったことがあるか? 奥義に達する条件のひとつに、上級魔法の練度がある。たしかにきみは生徒の中では抜群に魔法を使いなれているように思うが……」
「上級魔法なら……潤滑――あっ」
「思い当たることが?」
顔が赤くなるのを感じたが、先生は手を放してくれない。
「その……上級の潤滑ジェル生成なら……な、何百回も……」
「――なるほど」
恥ずかしさで耳が熱くなる。でもアンブローズ先生は変わらず真剣な目をしている。
「すまない、私の不注意だ。きみにラレデンシ生成のような……魔力を集中させる術を行わせるべきではなかった」
「で、でもあれは、先生の助けがないと、できなかったし……それに俺、お城に行けて、大会に出られて、すごくうれしかったんです。先生は俺を助けてくれただけで、だから――あっ、ああっ」
ふいに体の中からぐいっと突き上げるような衝動を感じて、俺は思わず首をのけぞらせた。
「――アッシュ!」
アンブローズ先生が俺をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫か。苦しいか」
「苦しい、というか……へんな感じ……」
俺はなんとかまともな返事をしようとしたが、うまくいかなかった。目はうるんだままで、口からは熱い息が出てくるし、先生の腕や膝が触れるたびに体の奥の方が疼く。
「急激に奥義がひらいたせいできみの体には魔力溜まりが発生している。このまま放っておくのはまずい。応急措置を……しないと」
ささやくような先生の声に、俺はまた顔をあげた。
「先生……お願い……」
「アッシュ、その……これは応急措置だ。あくまでも……」
「先生、先生、……俺、先生を信じています。先生はラレデンシも……」
「――アッシュ」
先生の腕がゆるみ、支えを失った足が崩れそうになった。するとふわっと体が上に持ち上がった。気づくと俺は先生の膝の上にうしろむきに座っている。
「アッシュ……椅子の肘掛けにつかまるんだ」
「椅子に? あっ、先生……」
「魔力溜まりを逃す。動かないで……少しだけだ……」
前に回った先生の手が俺のズボンのベルトにかかる。指がバックルに触れたとたん、ぱらりとベルトが解けてズボンの前がひらいた。
「あっ……は、あ……?」
ズボンと下着が生き物のようにまくれ、ずるずると膝まで落ちていく。
「せ、せんせい……恥ずかしい……です……」
「アッシュ。ここに魔力溜まりがある」
腰の下に先生の手が触れた。あ、そこは……お尻の……。
「少しだけ……我慢してくれ……」
俺の目の前で茶色の小瓶がふわりと宙を舞った。見覚えがある形だと思ったとき、みえない手が栓をねじり、小瓶を斜めに傾ける。金色の液体がひとすじ、むきだしになった俺の股間にトロトロと落ちてきた。宙を舞う小瓶はアンブローズ先生の手にも金色の液体を垂らした。先生は長い指に蜜のような粘りをまとわりつかせている。先生のシャツの薬草の香りと蜜の甘い匂いが絡みあって、それを嗅ぐだけで俺の息は荒くなった。
「あっ、あんっ、先生、俺、俺……」
俺は体をよじり、とっくに上を向いて勃起している息子に触れようとした。でもみえない力にがさっと俺の手をはじき、肘掛けに縫い留めてしまう。
「触るな。中途半端にイクと悪化する。足を曲げて……腰を浮かして……」
「えっと、ああっ」
「そうだ、そう……いい子だ……」
「――あん、あ、そこ……は……」
浮かせた腰をぬるぬるした指がたどり、お尻のまわりをゆっくり撫で、そっと襞を押し広げる。液体が触れたところはじんじん温かくなった。
すごく……すごく恥ずかしいけれど、でも気持ちよくて、それにアンブローズ先生の匂いに包まれているせいで、体の力が抜けていく。
「アッシュ、快感を受け入れていいんだ。必要なことだから……」
先生の指がすっと奥に進み、くいっとどこかをえぐった。
「あふっ、あんっ、はぁっ……」
口から勝手に声が出てしまう。ぐちゅっぐちゅっと音が鳴った。先生の指が俺の中を出たり入ったりする音だ。
「うんっ、あんっ、ああんっ」
先生の指が俺の中をひろげるたびに、体のあちこちに隠れていた熱いどろどろした塊が集まってくる。ひとつにまとまって、どくんどくんと大きく脈打つ。
「……先生、俺、だめ、もう……」
「まだだ。まだ……この奥をほぐさないと……」
先生の吐いた苦しそうな息が耳たぶにかかり、唇が触れた。両手両足が自由にならないまま、俺は体をよじって与えられる快感に耐えるけれど、もう何が何だかわからない。
「んっ、あんっ、やぁ――先生――」
頭のてっぺんで真っ白の快感が炸裂した。俺は先生の膝の上で頭をのけぞらせて叫んだ。
「あっ、なにか、なにか来る、来る、来ちゃう――!」
どこかでガラスが割れる音が響いた。次の瞬間、もふもふした温かいものが俺の膝に飛びかかってきた。
「ウーワンワン! ワンワン!」
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