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第17話 この状況で、そんなことをいわれても
「な、なんだいったい――」
アンブローズ先生の唖然とした声を押しのけるように毛皮のかたまりが俺の膝にのしかかる。毛のかたまりの中にぱくりと口がひらき、赤い舌がのび、生温かいものが俺の……俺の勃起した先端を舐めた。
「あっ、なに、な――」
思わず叫んだ時、毛のかたまりに耳が生えた。丸いかたまりが犬の頭になり、ひたいに白い光がぽちりと輝く。ぱちりとつぶらな眸が開いた。その口……舌はまだ俺のあそこにきゅっと吸いついて、しごいて、絡まって――
「アッシュ、まさかそれはきみのゴーレム――」
アンブローズ先生が何かいってるみたいだ。でも俺はそれどころじゃなかった。先生の声も聞こえなかったし、靴音高く温室に駆けんできた誰かにも気づかなかった。
「あ、ああん、あ……イク――」
俺の足のあいだでイヌがむくむくと大きくなる。たくみなイヌの舌が動くたび、ひたいのラレデンシに魔力が充填されて明るく輝く。ああ、イヌは俺の魔力を……こうやって……取りこんでるんだ。えらいな……ひとりで……帰ってきたのか……な……。
「イヌ、離して」
俺はぼうっとしたままつぶやいた。ゴーレムは狼の姿になっていたが、最後にぺろりと俺の太腿を舐めて、離れた。でもすぐにまた頭をさげて、俺の膝にすりすりしながらクゥン、と鳴いた。
「よく……戻ってきたね……」俺はイヌの頭を撫でた。頭はまだ射精の余韻でぼうっとしてした。
「いったい、どうやって――」
「アーーーーーーーッシュ!!!!!」
誰かが俺の名前を呼んでいる。これは……アンブローズ先生じゃ……ない……?
「アンブローズ先生?」
「リチャード王子」
「セ、センパイ……?」
俺は顔をあげる。プリンスが顔を真っ赤にして立っている。柔らかそうな髪が乱れて、肩で息をつきながらいう。
「アンブローズ先生、いったいここで何を――アッシュを――まさか無理やり――」
ちがう――そうじゃない、それは誤解だから!
俺は首をふり、自分がまだアンブローズ先生の膝に抱えられているのを思い出した。あわてて降りようとしたとき、先生の腕が俺をぐっと抱きしめた。
「違う、これは応急処置の一環だ」
「応急処置? こんな応急処置があるものか。ゴーレムが突然精気をはらんで僕の手から飛んでいったと思ったら――眠っているゴーレムを遠隔感知するほど魔力を暴発させるなんて、アッシュに無理やり何かしなければ、そんな――」
「だからこれは応急処置なのだ! 待ちなさい、アッシュはまだ……」
「あなたがどれほど優れた教師でも僕はいまあなたの話を聞こうとは思わない。すぐにアッシュから離れてください。アッシュ、こっちへ来るんだ」
「センパイ、ちがうんです、アンブローズ先生は――」
「大丈夫だから、早くこっちに」
ぐいっと手を引っぱられて、俺はアンブローズ先生の膝から滑り落ちてしまった。足元にズボンをまとわりつかせたままなのに気づき、あわてて床にしゃがみこむ。プリンスが焦った表情になった。
「アッシュ、大丈夫か?」
ああもう、ちがうんです、俺はパンツとズボンを履きたいだけ――そう思った時イヌが唸った。
「グルルルル……」
「僕はおまえの主人を傷つけたりしない!」
「ウウウウウウ……ヴヴン! ウオン!」
「わかった、わかったよ!」
プリンスは頭をかきむり、今度はアンブローズ先生の方へ向き直った。
「ええ、ではアンブローズ先生。いったいアッシュに何を……何をしていたんです? 膝に、膝にアッシュを抱えるなんて」
それは俺のためだから――言葉を挟もうとしたのに、アンブローズ先生が立ち上がる方が早かった。
「それより、リチャード王子、なぜアッシュのゴーレムとラレデンシがあなたのもとに? あなたはこれまでアッシュに会ったことなどないはずだ」
「ない? 先生は魔法大会にいらしていないでしょう――」プリンスはハッと眉をあげた。
「まさかアッシュがあわてて帰って行ったのは、あなたのせい?」
バチッとふたりの視線が絡みあった。
あ、あの、二人して何をどう誤解しているのかよくわからないけど、ちがうんです。俺はぼうっと突っ立ったままそういおうとしたが、二人の気迫に押されたように唇が動かない。
「リチャード王子。アッシュは私の指導を受けていただけだ。彼は今……危険な状況にある。万全な状態になるまで邪魔をしないでくれ」
「邪魔?」プリンスはきっと顔をあげた。
「それは僕のせりふですよ、アンブローズ先生。アッシュをみつけるまで、どれだけ学園を回ったと思います」
「どうしてその必要がある」
「どうして? 僕がアッシュをパートナーに選ぶからです」
思ってもみない会話の展開に俺は思わず声をあげた。
「せ、センパイ? あの……」
アンブローズ先生が急にキッと眉をあげた。
「アッシュ、どうしてリチャード王子を先輩呼びするんだ」
「僕がそういったからですよ」プリンスが晴れやかにいった。「アッシュは二年生ですからね。僕の後輩だ。先生にとってはただの生徒でしょうが……」
「アッシュはただの生徒じゃない。リチャード王子、あなたこそ、アッシュに出会ったばかりだろう。彼の何を知っていると?」
俺はオロオロしながらふたりを交互にみつめた。先生とプリンスの視線はそれることなく、ほんとうに火花が散ったのではないかと思うくらいだ。足にイヌのぬくもりを感じた。手を差し出すと、俺の気持ちを感じとったように頭を擦りつけてくる。
「あの、先生もセンパイも……」
「アッシュ、座っていなさい。魔力酔いを甘く見てはいけない。今はゴーレムが過剰な魔力を吸収したようだが、きみは第三の奥義をひらいたばかりだ」
「奥義? アンブローズ先生、いったいアッシュに何をしたんです?!」
「あなたには関係のないことだ。リチャード王子、あなたこそ、城で何も起きなかったといえるのですか? 宣告の大時計が鳴ったとアッシュはいったが……」
「時計は僕のさだめを告げたのだ」
プリンスが片手をさしのべた。
「アッシュ、おいで。僕の塔で話をしたい」
「え、その……」
プリンスをみつめたとたん、頭がくらくらして足もとが揺れた。俺は反射的にイヌの温かい体にしがみついた。アンブローズ先生のため息が聞こえた。
「だからもう少し座っていなくてはだめだと……リチャード王子、アッシュを休ませなさい」
「ほう?」プリンスは挑発的にいった。「しかしこれも先生の仕業なのでは?」
「なんだと?」
アンブローズ先生の声と同時にプリンスの手から火花が飛んだ。すぐさま火花は虹色の輝く小鳥になり、先生めがけて光の速さで羽ばたいた。羽根から押し出された圧力が風となり渦を巻いて、先生を閉じこめるように高速で回転する。
「シルフ、頼む」
「先生、アンブローズ先生――」
「気にしなくていい、アッシュ。行こう」
そんなことをいわれても、先生は俺の力になってくれた人なのに。プリンスは勘ちがいしているのだ。温室じゅうにびゅうびゅうと風が吹いている。植物の葉や棚の上の道具がカタカタ揺れた。プリンスのゴーレムは大きさこそ変わらないが、ずっと羽ばたき続けている。彼の誤解を解かないと先生は風の渦に閉じこめられたままだ。ああ、どこから説明したらいいんだろう?
ところが次の一瞬、すべての風が止まった。
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