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第30話 生成変化
アンブローズ先生に部屋で待っているようにいわれたので、俺は糸魔法で護符を縫って時間をつぶした。魔力は使わないようにと先生に注意されたから、手を動かすだけの糸魔法はちょうどよかった。
バトラーさんがもう一度食事を運んできて、食後は沐浴するように、という。体を洗って鏡をみると、学園を離れていたあいだにすこし体形が変わったことに気づいた。ほんのすこしだけど背がのびたようだし、胸や腕に前よりも筋肉がついている。山の向こうでは重いリュックを背負って歩き回っていたから、自然と鍛えられたのだろうか。
「アッシュ様、準備ができました。こちらへ」
バトラーさんが呼びにきたとき、窓の外は夕暮れ色に染まっていた。俺は土人形のままのイヌをポケットにいれ、バトラーさんのあとについていった。長い廊下を歩くあいだ、遠くにちらりと生徒や教師が歩くのがみえたけれど、図書室の前を通って塔の階段を上りはじめても、誰ともすれちがわなかった。
塔のなかほどにはプリンスの居室や特別な実験室が並んでいる。でもバトラーさんはさらに先へ進んだ。行き止まりまで階段を上り、両開きの扉をひらいた。
扉の向こうは円形――いや、十八面の壁に囲まれた空間だった。ドーム型の天井は透明に透けて、夕暮れの空が広がっている。
「天体観測室として設計された部屋だ」
アンブローズ先生がいった。いつもの長い衣を着ているそばに、制服姿のプリンスが立っている。バトラーさんが壁のカーテンをひとつひとつあけていった。そのたびに大きな窓があらわれる。最後のカーテンがひらかれると、まるで部屋全体が宙に浮いているようで、空がとても近く感じられる。
「学園にこんな場所があったなんて知りませんでした」
思わずそういうと「僕も知らなかったよ、アッシュ」とプリンスが微笑んだ。アンブローズ先生が床を指さす。
「ここには星辰の守りがある。地下で勢力を広げている魔王に気づかれたくないのだ」
床に大きな魔法陣が描かれているのに俺は気づいた。その中心に高い背もたれと肘掛けのついた椅子が置かれている。一本の足で支えられている、変わった形の椅子だった。
「アッシュ、準備はできているか?」
「はい」
「では服を全部脱いでそこに座りなさい」
アンブローズ先生が椅子のそばでなんでもないことのようにいった。
全部――というのはどこまでだろう。とまどいながら俺は制服の上着を脱ぎ、シャツのボタンをはずした。靴を脱ぎ、ズボンをおろす。するとプリンスがささやいた。
「アッシュ、座っていいよ。あとは僕がやってあげるから、シャツを脱いで」
意味が分からないまま俺は柔らかいクッションに腰をおろした。すぐにプリンスが椅子の前に膝をつき、俺の足をもちあげて靴下を抜く。思わず真っ赤になったが、プリンスは俺に向かって微笑んだだけだ。脱いだシャツはアンブローズ先生に取り上げられた。プリンスの手が下着に触れて、俺はぶるっと震えた。
「全部、といっただろう?」
「は、はい」
「寒い?」
俺は答えられず、首をただ横に振った。プリンスの指が下着をひきおろしていく。緊張で唾を飲んだとき、アンブローズ先生の手が肩に触れた。
「アッシュ。背中を倒しなさい」
裸の背を椅子に預けたとたん、背もたれがするりと傾いた。仰向けのまま両足がもちあがり、透ける天井のむこうの空しかみえなくなる。すると軽く椅子が揺れ、すこしだけ空が近くなった。座面が上に上がっているのだ、と俺は気づく。
「はじめるよ、アッシュ」
プリンスの声に俺は仰向いたままうなずくことしかできない。とても恥ずかしい姿勢に感じられるけれど、ふたりを信じなくちゃ、ラレデンシはできないのだから。
「光蔦――解放」
アンブローズ先生の呪文が響いた。
金色の光がぱっと散らばった。俺は首をめぐらせ、光の蔓が床からのびあがるのをみた。椅子を囲むようにするすると伸びて、俺の手足に絡みつく。蔓が触れたところはあたたかく、毛布のような柔らかい感触で気持ちよかった。うっとりして俺は力を抜いた。
「んっ……」
思わず息をのんだのは、大きく広げられた腋の下に光の蔓が触れたせいだ。くすぐったさに身を震わせていると、太腿にからみついた蔓に両足をはしたないくらい広げられた。股のあいだにあたたかい露がしたたり落ちてくる。あわてた俺にプリンスが顔を近づけて、唇がほとんど触れそうな距離でささやいた。
「大丈夫。そのままで」
「センパイ――あっ」
プリンスの秀麗な顔が動いたと思うと、次の瞬間、広げた俺の足のあいだにみえた。赤い舌が唇を舐め、次に俺の……俺の股間を舐めはじめる。
「センパイ、そんな」
「これは術式の一部なんだ。きみの全部をさらけだして……もらわなくちゃいけない……」
俺の両足にからみついている光の蔓が動き、腰がくいっともちあげられた。さっきから堅くなりはじめていた俺の中心はもう完全に上を向いてしまっている。でもプリンスの唇はそっちではなく、太腿のあいだからお尻の方向をちゅるちゅると舐めていく。
「綺麗な色だね、アッシュ……」
プリンスの舌が動くたびに、単に気持ちがいいだけじゃない、体の内側に力が集中するような、不思議な感覚が湧き上がってくる。それでもあそこを自分の手で触りたくて、俺はうすく目を閉じたまま、両手をとらえる光の蔦をほどこうともがいた。すると顔のすぐ近くでアンブローズ先生の声が響いた。
「光蔦――」
その先はわからなかった。いきなり乳首をくっとひねられて、足先まで届いた快感に背中が跳ね上がったからだ。股間を押さえつけられたまま、体のあちこちを刺激されて、快感をどこへ逃がしたらいいのかわからない。目をあけると胸の上を這う光る蔓がみえた。まるで指のように俺の両方の乳首を撫で、きゅっとつまむ。びくっと足をふるわせると、アンブローズ先生が俺の上にかがみこんだ。
「はあっ、あんっ、せんせい、あっ、んんん、だめ、だめ……」
「何を感じている? アッシュ」
「わ、わかりません」
「心を体にゆだねなさい」
「は、はい……ああんっ、んっ、あふっ、はぁん」
乳首をかりかりと撫でられて、あちこちが痙攣したみたいに震えてしまう。俺は声もなく喘いだ。
「き……きもちいい……です……でももっと……もっと、下の……」
「ああ、可愛いな……僕のアッシュ」
やわらかなため息につづいて、プリンスの声が肌をくすぐる。上を向いたままで放置された俺の中心がぷるぷる揺れる。さっきから雫が零れ続けていて、プリンスの舌はそれをていねいに舐めているのだ。と思うときゅっと吸われた。もうイキそうなのに、イキそうなのに……。
上も下も、もう少しというところで翻弄されて、どうしたらいいのかわからなくなる。唇の端から唾液がこぼれ、あごをつたった。きゅっと目を閉じたとき、唇に弾力のある何かが触れた。
俺は舌をのばし、口を侵してきたものの先端に触れる。吸いつくと汁が零れ、口の中にあふれた。飲みこんだとたん全身を侵している快感がますます強くなる。口から離れていこうとするそれを思わず舌で追いかけ、もっとちゃんと吸おうとした。
「あふっ、あむ、ん……」
無意識に腰を揺らしながら、くちゅくちゅと舌で口の中にあるものをこねまわす。股のあいだからうしろの方へうごめく舌を受け入れ、全身が蕩けて柔らかくなっていくのを感じた。
「うんっ、あん、あんっ……」
なんだか、自分の中に力の溜まりのようなものができていくみたいだ。気持ちよくてとろとろになった体のどこかに、ふくらんだ雫みたいなものが生まれ、弾けそうになって震えているみたいな、そんな感じ。
「アンブローズ先生、もう――?」
「もうすぐだ。光蔦――探求」
プリンスの舌で愛撫され、柔らかく広げられたところ――お尻の穴に、するりと何かが入り込んだのがわかった。快楽でぐしょぐしょに濡れた俺の体はなんなくそれを受け入れて、動くままにさせる。何かを探しているみたいだ……あの秘密の場所、あのふくらんだ雫を……。
「今だ、いくぞ。――生成魔法、ラレデンシ」
先生とプリンスの声がひどく遠いところできこえた、そのとたんぱちんと頭の隅で白い光がはじけた。あのふくらんだ雫が割れて、中から何かがあふれ出す。それまでとは桁違いの快感に体が勝手に跳ね上がった。
「あっ、んんっ、ああっ、あああああ――」
三つの白い光が俺の胸の上を転がったと思うと、星のように輝きながら宙に浮いた。上がったり下がったりしながらくるくる回り、十八面の部屋のあちこちが輝きに照らし出される。まだ快楽の余韻に埋もれている俺は薄目をひらいてぼうっと光をみつめるばかりだ。光る蔓は消えうせ、腕も足も自由になっていたけれど、とても動かす気になれない。クッションに体をもたれさせて、夜空の星のような輝きをみつめる。
「アンブローズ先生、あれが生成されたラレデンシですか?」
「ああ、そうだ。しかし三個とは――待て」
クゥン。
イヌが小さく鳴く声がきこえた。おかしいな、と俺はぼんやり思った。イヌは土人形のままポケットに入っているはず――え?
俺は目を見開いた。宙に浮かんだ三つの光が、おなじく宙に浮かんだイヌの土人形を照らしている。三方から光を照射され、白く眩しくきらめいている。それはみつめていられないほどの輝きで、俺はついに目をつぶった。
キュンキュン……キュウウウウウウン! バウバウバウバウバウクオオンン!
ぽぽぽぽーん!
あっと思った時には胸の上にずしっと重みがのしかかっていた。仔犬の姿のイヌが俺の腕に飛びこんできたのだ。裸の胸に感じる毛皮のぬくもりに頬が自然とゆるんだ。丸くつぶらな眸がひとくみ、まっすぐに俺をみつめている。赤い舌がぺろりと肩甲骨のあたりを舐め、同時に別の舌が俺の胸をぺろぺろして――あれ???
俺はあわてて腕にイヌを抱え直した。
胴体はたしかにひとつだった。前肢は二本、後肢も二本。
問題は首から上の頭だ。ひとつ、ふたつ、みっつ。
俺はもういちど数え直した。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
三つの頭それぞれのひたいに、ラレデンシがぴたりと嵌っている。
三組の眸が俺をみつめて、同時に耳を立てた。
俺は途方に暮れて周りをみた。アンブローズ先生とプリンスの口はぽかんと開いていた。
「あの、これって……ケルベロス、ですよね?」
なんとか言葉を発すると、アンブローズ先生が先に我に返った。
「ああ。そうだな……ケルベルス型ゴーレム……のようだな……」
イヌのひたいでラレデンシが星のようにきらめいていた。いつのまにか夜になっていて、空では本物の星が光っている。
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