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第31話「魔王との戦いに双子の片割れは苦悩します」
魔法学園の冬の朝です。
白くぶあつい雲からちらちらと雪が舞っていますが、地面はまだ茶色のまま。空気は冷たく、息が白く凍ります。
ラスはいつもの部屋で目覚めました。ベッドがふたつありますが、使っているのはラスひとり。もうひとつのベッドと机はきれいに片付いています。
完全に目を覚ましているのに、ラスは頭から毛布をかぶっていました。こんなはずじゃないと思っていたからです。朝はいつもダスが先に起きるはず。いつも、もう少し眠っていたいラスの毛布を強引に剥がすのがダスでした。
外見がそっくりな双子といっても性格はちがいます。ラスはいたずらを考えるのが得意で、ダスはいたずらを実行するのが得意です。ラスよりダスの方が用心深く、ダスよりラスの方が衝動的に動きます。
どうしてあの舞踏会の夜、封印を剥がしたのはダスで、自分じゃなかったんだろう?
朝起きるたびにラスはそう考えます。そう、ダスの方がラスよりもすこし高度な魔法を使えました。だからダスの方が先に封印に呼ばれてしまったのかもしれません。でも封印を剥がすなんて真似は、ふつうなら自分がやりそうなものです。
舞踏会のあとのこともラスは悔やんでいました。ダスの様子は明らかに変でした。夜中にたくさんのお菓子を食べたがったりして。以前なら、暴飲暴食睡眠不足はお肌の大敵だとラスに文句をいうのはダスの方だったのに。
ため息をつきながらラスは起き上がり、身支度をしました。今は何もかも自分でしなければなりません。燃え殻はもういません。学園に入る前からラスとダスの世話をしてきたのに、プリンスに取り上げられ、しかもそのあと森で行方不明になったのです。
ラスが寮の食堂に入ったのはぎりぎりの時間でした。他の生徒たちはラスをみたとたん、ふいと顔をそらします。以前ならダスとラスの周囲にはたくさんの生徒がいて、ふたりの歓心を買おうとしたものでしたが、今は逆です。それどころか非難するようにラスをみる生徒もいます。今の王国や学園の状況すべて、ラスのせいだといわんばかりの目つきです。
そう、近頃はなんでもラスが悪いということになっています。王国も学園も戦時体制になり、少し前までの呑気で楽しい雰囲気はなくなりました。魔王が顕現し、地下宮殿を拡張し続けているのも、燃え殻――アッシュが行方不明になったのも、空き時間には退屈な糸魔法をえんえんさせられるのも、全部ラスのせい。ラレデンシの工場と工房が魔物に襲われて燃えたのだってラスのせい。
なにしろラスは魔王が憑依したダスの双子なのですから、みんなそんな風にラスを見ます。教師も生徒も、燃え殻以外はラスとダスを見分けることもできなかったくせに。いやだからこそ、そんな風に見られるのかもしれません。
ラスは生徒や教師の冷たさに腹を立てていました。でも、ダスを森に置き去りにした日を悔やむ気持ちの方が強かったのです。ダスが地底に消えて魔王になったあの日、どうして僕はあんなことをしたのだろう。ラスは何度もくりかえしその場面を思い出していました。
前触れなく蘇った(実際には宣告の大時計が鳴り響いたりしているので、そういうわけでもないのですが)魔王に王国の魔法使いたちは苦戦していました。魔法大戦の経験をしるした古文書は長年の管理不行き届きにより失われ、娯楽や儀礼のために使われていたゴーレム魔術をいきなり第一線に復帰させても、いざ魔物と戦うとなると多くの魔法使いは恐れおののきました。強化用の魔道具がたくさん必要とされ、王国中の魔道具職人が動員されたものの、今はラレデンシが不足しています。
学園では魔法大会の準備の時とはくらべものにならないような、ゴーレム戦の本格特訓が行われていました。もちろんラスも自分のゴーレム、ゴールドランと特訓を受けています。真剣な訓練で、ダスと悪ふざけをしていた時のように楽しいものではありません。
「これから名前を呼ばれた者は前に出なさい。ヘンリー、アーデン、キース、ラス」
その日の特訓の最後に教師が名前を読み上げました。周囲の生徒がいっせいに顔をあげました。
「四人は明日からアンブローズ先生のところへ行くように。リチャード王子も加わるそうだ。では解散」
アンブローズ先生の? それって実戦部隊だろ?
ラスをそんなところに入れて大丈夫なのか?
ラスはうつむいて唇を噛み、ほかの生徒がこそこそ囁く声などきこえないふりをしました。厳格な教師はその実力を買われ、魔王の地下宮殿を探索しているともっぱらの噂でした。アンブローズ先生の元へ行けといわれるのは魔法の実力があるということ、優秀なゴーレム使いであるということです。
ひとりぼっちで晩ごはんを食べて、ラスは自分しかいない部屋に戻りました。最近の夕食は以前より質素で、以前のラスなら物足りないと思ったかもしれませんが、近頃のラスは食欲がありません。デザートをみるとダスがお菓子を頬張っていたのを思い出してしまうのです。
ふと鏡をみると、ダスがいました。
いや、ダスではありません。鏡に映っているのはラス。金髪の巻き毛、陶器のように白い肌、宝石のように青い眸。
森でダスと別れたときのいきさつを、ラスはアンブローズに詳しく話していました。それだけではありません。アンブローズは魔道具の助けを借りてダスに魔王が憑依したことをラスの記憶から導き出したのです。
アンブローズはラスを責めませんでした。「きみはダスではない」といっただけで、他の生徒や教師のように冷たく当たることもありませんでした――といっても、アンブローズは忙しくて、教室に出るどころではなかったのですが。教師はラスの後悔などお見通しだったのでしょう。
教師がラスを叱責したのはただひとつ、アッシュのラレデンシを盗んだことです。
ラスは罰として、毎晩のように防弾チョッキに糸魔法の刺繍をほどこさなければなりませんでした。たいへん面倒な仕事です。でもアンブローズに召集されたということは、この夜なべ仕事も終わりでしょう。
ひとりの部屋で苦手な針仕事に取り組みながら、ラスの中ではひとつの疑問が渦巻いていました。
もしも地下宮殿でダスに――魔王に会ったら、僕はいったいどうなるんだろう?
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